サイド それぞれの戦い ファイ 2
敵襲、という言葉が耳に届く。
けれど、それはおかしい。
今更、だからだ。
ここは帝城であり、敵襲――反乱軍による強襲は既に起こっているというか、それなりに時間が経っている。
戦いは至るところで起こっていて、帝城内はどこも戦場だ。
現に、俺が今アスリーとやり合っている場所――帝城の門前も破壊された跡がある……というか、帝城のホールに続く門と壁が破壊されているが、ここでどれだけの戦いが起こっていたのだろうか。
こんなことをしたヤツとは是非とも戦ってみたい。
今はアスリー優先だが。そのあとで、でも。
……そうではなく、つまりここは今戦場であって、それなのに敵襲……とは?
リミタリー帝国軍側の援軍が来て、そう口にしたのだろうか?
いや、それもおかしい。
強襲されているからこそ、援軍として駆け付けたのだから、反乱軍が居ることは知っているはずだ。
だからこそ、今ここで敵襲と口にするのは非常に違和感があった。
それはアスリーも同じなようで、気付けば戦う手をとめていて、俺と目が合うとどういうことだ? と首を傾げる。
わかる訳ないだろ、と俺も首を傾げた。
だが、答えは直ぐに判明するだろう。
「敵襲」と言いながら、帝都からこちらに向けて走って来ている兵士が見えたので、そいつから聞けば詳しいことは――。
「て、敵襲! 北西より『アフロディモン聖教国』が侵攻開始! その先頭に『人類』――」
聞けなかった。
突如、その兵士の頭上から何か大きな塊が飛来し、そのまま殴り飛ばしたからだ。
現れたその塊は――黒い髪に、厳つい顔立ちで、その身の丈は人の1.5倍はある巨躯で、格闘家が身に付けるような胴着を着ていても隠せない、筋骨隆々――いや、一般的なそれよりも尚逞しい体付きの、三十代半ばの男性。
実際に相対するのは初めてだが、情報として聞いていた通りの人物。
その人物が、こちらに向けて歩いてくる。
「……『人類最強』」
その言葉が、アスリーの口から漏れる。
見れば、「人類最強」から感じられる圧力の濃密な強さによって、少し震えているように見えた。
それは俺も同じか。
いいや、この震えは強いヤツと戦えることの喜びのはずだ。
そう言い聞かせて己を鼓舞した。
すると、アスリーが俺に声をかけてくる。
「……一時休戦だ、ファイ。今だけは――アフロディモン聖教国が侵攻してきたのなら、リミタリー帝国軍と反乱軍が争っている場合ではない。リミタリー帝国の『暗黒騎士団』として戦ってもらうぞ」
「まっ、それが妥当だな。あれは一人でどうこうできるような存在じゃない。そういえば、アスリーはあれに対抗できるとか言われていなかったか?」
「勝手にそう言われていただけだ。それに、実際にアレを前にしてみれば、それが如何に戯言であったかよくわかる」
「確かにな。情報だけではなく実際に見れば、そうは言えんよな。というか、どうにかできるのか? あれ」
「できなければ、リミタリー帝国は終わりだ」
アスリーが長剣を構える。
「まっ、国の心配よりも先に、自分の命の方を心配しないといけないけれどな」
槍を振り回したあと、構える。
そして、「人類最強」が帝城の敷地内に足を踏み入れた瞬間――。
「ふっ!」
「はっ!」
アスリーと同時に飛び出す。
別に図った訳ではないが、タイミングを合わせた左右からの挟撃を行い――「人類最強」は巨躯とは思えない速度で動き、俺の槍、アスリーの長剣を、それぞれ指で摘まむようにしてとめる。
咄嗟に引こうとするが、摘ままれているだけの槍が一切動かない。
それはアスリーも同じで、お互い「人類最強」を蹴り、その勢いで離れようとするができなかった。
蹴った感触から伝わってくるのは、巨木……巨岩……いや、何をしようが微動だにしない何かを蹴ったかのようなモノ。
「……すべては、教皇さまのために」
そんな呟きが聞こえた瞬間、摘ままれている槍ごと下ろされ、地面に叩き付けられていた。
黒い鎧の上から衝撃が伝わり、全身に痛みが走る。
だが、それだけ。
体全体には効果がなくとも、指先になら通じるだろう――と槍を摘まんでいる指に膝蹴りを放つ。
ダメージが入った様子はないが衝撃は伝わったようだ。
ほんの僅かだが緩む感触があり、そこで全力を出して一気に引き抜き、体を回転させながら「人類最強」の背中側から反対側に移動し、付いた勢いのままにアスリーの長剣を摘まんでいる「人類最強」の手を突き刺す。
「ぐっ!」
突き刺さらない。
武器の性能よりも、俺の膂力よりも、「人類最強」の方が強かっただけ。それだけのこと。
ならば、と槍を回して石突き部分で力強く叩く。
その衝撃でアスリーも長剣を引き抜くが、そこで俺とアスリーは「人類最強」に殴り飛ばされ、帝城の外壁に体を打ち付ける。
蹴られたダメージはでかいが、それでとまる訳にはいかない。
何より、相手は「人類最強」。
戦いにおいて、極上の相手なのは間違いない。
湧き上がる感情のままに笑みを浮かべ、「人類最強」へと襲いかかる。
アスリーも続いていた。
そのまま戦い始めるが……正直通じていない。
どれだけ攻撃しようが防がれ、かわされ、さらにこちらは攻撃を受けてダメージを負っていく。
それに、何が目的かはわからないが、帝城内に向かう「人類最強」の歩みをとめることができずに許してしまう。
帝城のホールは反乱軍とリミタリー帝国軍が入り乱れていた。
「アフロディモン聖教国襲来! 今はそっちに当たれ!」
とりあえず、意識と視線は「人類最強」の方に向けたまま、口だけ出しておく。
それ以上を気にする余裕は俺にもアスリーにもなかった。
その途中、殴り飛ばされ、その衝撃で謁見の間の大扉をぶち破ってしまう。
だが、戦いの勝敗はまだ決していない。
体はまだ動く。まだまだこれからだ。




