人によっては気にすることだってある
エラルを見ると、顔を押さえた手の隙間から血が垂れていた。
どうやら、竜杖の石突き部分が鼻に当たったようだ。
俺を怒りに満ちた目――ではなく、少し怯えた目で見ていた。
意表を突いたつもりが逆に意表を突かれたからか? それとも、そんなに痛かった? まあ、皇族だし、鼻を打って鼻血を出すなんてことはないか。
まあ、鼻血くらいでそうだと、これからもっと――と思った時、エラルが蹲っていたことで、ローブの隙間から黒い鎧が見えた。
なるほど。エラルはワンドと同年代なのに、いきなり飛び出してくることができたのは黒い鎧を付けていたからか。
でも、闇のアンクさんの記憶だと、黒い鎧は「暗黒騎士団」だけが持つことを許され、各団員に合わせた一領しかなく、予備はないはず。
急遽用意した? はさすがに……元々というのも……。
そう考えた時、ワンドの黒い鎧が他のとは違っているモノになっていたことを思い出し、もしそれが新たに作られた黒い鎧なら、ワンドの元々の黒い鎧が余ることになる。それを使って………………んん。エラルはそういうの気にしない感じなのか?
皇族だし、他人が身に付けていたお古など着られるか! とか言いそうなのに。
まあ、そこを気にしても仕方ない。
エラルも黒い鎧を着ているということが重要だ。いや、重要ではないか。着ていたとしても、反応できる程度なら問題ない。結局のところ、脅威でもなんでもない。
「ぐ、ぐう……」
エラルが痛そうに呻く声が聞こえる。
鼻血で……それぐらい耐えろよ。
「き、貴様……この我を……前皇帝である我に傷を……」
「は? きちんと聞こえていたか? 俺は『居たんだ?』と言ったんだ。つまり、勝手に突っ込んで、勝手に鼻を打ったのはお前の方なんだよ。そういうのをなんて言うか知っているか? 間抜けって言うんだよ、前皇帝」
「き、貴様あ! 殺す! アンクの復讐の続きだと! 無駄だ! そのようなことにはならない! 貴様はここで死んで終わりなのだ!」
エラルが襲いかかってくる。
その片方の手には長剣を持ち、もう片方には黒い大盾――こちらも盾自体に筋がたくさん
入った盾――が握られていて、黒い鎧の能力上昇も相まっているため、若い騎士並に動くができるようだ。
エラルが振るう長剣をかわしつつ、そう判断する。
ただ、それだけ。
エラルはどう考えてもワンド以上に戦闘経験はないだろう。
自ら赴くなんてこともしないだろうし。
なので、その剣術は稚拙としか言えない。
それでも不意を突けるのならいいだろうが、突けなければ脅威でもなんでもない――人によっては敵とすら認識されないだろう。
「ワンドより先に死にたいのならそうしてやるよ」
エラルの振るう長剣をかわし、竜杖を突く――黒い大盾で防がれるが、即座に竜杖を引いて石突き部分を持ちつつ回して、装飾の竜の方で黒い大盾の縁を引っかけて力で引っ張る。
強引に引っ張ったのでそのまま弾けるように飛んでいくと思ったが、それはさすがにマズい――状況的に防具がなくなるのは危険だとでも判断したのか、エラルは黒い大盾を放さなかった。
しかし、持っていた腕は黒い大盾ごと引っ張られ、先ほどまで守られていた部分が露わになる。
そこでさらに竜杖を引いて今度は装飾の竜部分近くを持って、そのまま石突き部分でエラルの頭部を狙って突く。
先ほどは小突いただけだが、今度は勢いが乗っていた。
身体強化魔法も力も加わっているので……頭と胴体が離れ離れになる……いや、なんか光景的に嫌だが弾けるかもしれないな――と思ったが、そこで横槍が入る。
ワンドが息を殺し、不意打ちで黒い大剣を振るう。
「馬鹿が! 俺がお前を忘れているとでも思ったか!」
体勢をわざと崩し、前に倒れるようにして、うしろから横薙ぎに振るわれる黒い大剣を回避。
それで竜杖の狙いはエラルの頭部ではなくなり、代わりに腹部の方に当たったが――体勢不充分で込めた力が分散して黒い鎧を貫くことはできなかった。
でもまあ、衝撃までは殺し切れなかったようで、痛そうにしているので今は良し。
そのまま倒れるようなことはせず、手を床に付いて腕の力だけで飛び上がり、空中で体を半回転させながら、今度はワンドの方を突く。
ワンドは黒い大剣を盾のように見立てて防ぐ――がこちらも衝撃までは殺せず、うしろに少し吹っ飛ぶ。
床に着地して、竜杖を構える。
「二人揃ってこれか。まともにできる攻撃は不意打ちだけ。これがリミタリー帝国の前皇帝に、『暗黒騎士団』の団長とか、たかが知れているな。威勢がいいのは口先だけか」
「き、貴様!」
「この我にそのような口を!」
エラルとワンドが二人がかりで襲いかかってくる。
一対二だが問題ない。挟撃されようがどうとでもなった。
能力が上がっていようが、やはり普段から鍛えているかどうか――その差が出ている、といったところか。
それに、普段から鍛えて体力を付けていなければ、上がった能力を発揮するのも、それを維持するのも難しいだろう。
上がった分、消耗も激しいのだから。
エラルとワンドからの攻撃は一切食らわず、逆にこちらの攻撃は竜杖で黒い鎧の上から叩いたり、突くことが多かったので表立った傷はあまりないが、それでも痛みは感じているようで、エラルとワンドの表情はかなり歪んでいる。
それに、時間が経てば経つほど、エラルとワンドの息は上がっていき、大きく肩を揺らすくらいに乱れて荒れていく。
そろそろ終わらせようかと思った時――。
「アルム!」
不意に声がかけられ、視線を向ける。
視線を向けた先に居たのはセカンで、既にそれぞれが相対していたのを倒し終わり、現皇帝と皇太子、それと………………白衣の男性を捕らえていた。
もう終わっていたようだ……ということは俺待ち?
「そっちは終わったんだな」
「ああ」
エラルとワンドもそちらに視線を向け、驚愕の表情を浮かべる。
これで、もう既に終わっている――自分たちが敗北した、ということを悟るだろう。
そう思ったのだが――。
「フ、フフ……フフフ……」
ワンドが何やら含みがあるような笑い声を上げた。




