当人からすれば大事なことだってある
ワンドが黒い大剣を縦横無尽に振ってくる。
そのすべてを竜杖で受けるのだが、ワンドの表情は焦燥が表れていて、かなり動揺していることが見ただけでわかった。
それでもまあ、一応は「暗黒騎士団」の団長、なのだろう。
動揺しているまま乱雑に振っているように見えるが、ところどころで学んだ剣術を感じさせる。
といっても、それが俺に通じるかどうかは別の話。
「わかりやすいな、お前の剣筋は」
ワンドが振り下ろしてくる黒い大剣を竜杖で受け流し、そのまま体を回転させながら思いっきり蹴る。
「うおっ!」
ワンドから驚きの声が上がるが、思っていた以上の衝撃が伝わってきたからだろう。
その衝撃で少し後方へと下がったようだが、俺としては不満。
黒い鎧を蹴り砕くつもりで蹴ったのだが、駄目だった。
思っていた以上に頑丈なようだ……ああ、超化は黒い鎧自体にも影響している可能性があるか。きっとそうだ。そうに違いない。でなければ、身体強化魔法をかけている今、砕けないはずがない。
何しろ、ワンドが超化している以上の身体強化魔法をかけているのだから。
ただ、それだけの身体強化魔法だ。
俺自身への影響がない訳ではない。
……明日以降、全身筋肉痛になるのは間違いないだろう。
どれだけの日数になるのかは不明だが……それは覚悟の上、だ。
それだけ、闇のアンクさんが望む復讐の続きを、俺は果たしたいのである。
……ん? なんか筋肉痛だけだと軽い感じが……いや、そんなことはない。
俺は何が何でも成し遂げたいのだ。それだけの気持ちで挑んでいる。
……そう。こういうのは自分がどう思っているかどうか、その気持ちが大事なのだ。
端から見れば軽く見られるかもしれない。……いや、軽く見るだろうが、それでも、こういうのは当人からすれば大事な――決して譲れない部分であって、それが何よりも重要なことだというのはあり得るのだ。
だから、筋肉痛も覚悟の上というのも、そう卑下することはない……はず。
何よりも重要なのは、俺が望んで何がなんでも成し遂げる、ということである。
「くそっ! 何故だ! 私のこの鎧は最新型であり、最強の鎧だというのに! それが、どうして通じないのだ!」
とうとうと言うべきか、ワンドは文句を口にしながら黒い大剣を振り出した。
どうして俺に通じないのか、ワンドの斬撃を受けその答えを与えてやる。
「いや、まあ、確かにすごいよ。その鎧。それだけ強化されるなんて、普通にすごいと思う」
充分に脅威と言えるのは間違いない。
これで数が揃えば、その脅威はさらに大きくなるだろう。
素直にそう思うので言ってみると、視界の片隅で白衣の男性が自慢げに鼻を鳴らしているのが見えた。
……誰だっけ? あれ? 聞いたけど忘れ……まあ、いいか。
「だが、すごくないのがある。言わなくてもわかるよな? 鎧はすごい。でも、鎧を身に付けているお前がすごくないんだよ。だから、俺には通用しない」
「な、何を!」
「そんな怒りを露わにされてもな。自覚できないのなら、ハッキリ言ってやろうか? どれだけ道具が優れていようとも、使うのがお前では活かせない。活かしきれていないんだよ」
言い切ると同時に前へ。
ワンドが振るう黒い大剣を掻い潜って背後へと回り、振り向きざまに竜杖を振ってワンドの顔面を殴る。
「ぶっ!」
ワンドは吹き出しながら、後方に少しよろめく。
実際、ここまでやり合ってみたが、超化しているといっても、ワンドはその状態に振り回されている節があった。
これが――超化するのがファイや「暗黒騎士団」最強の男性であれば、まず間違いなくその状態でも振り回されることなく使いこなすことができるだろう。
もし、この超化する黒い鎧を二人が使ったのなら……正直やり合いたくない。いや、勝てないとは言いたくないが、万が一はありそうな気がする。
少なくとも、今の俺だと苦戦するのは間違いない。
それが、ワンドが身に付けていると一切苦戦しないのだから――。
「元が弱い。弱過ぎるんだよ、ワンド」
「ふ、ふざけるなあ!」
ワンドが激昂する。
「でもまあ、お前は当時から弱かった感じだよな。いや、一応『暗黒騎士団』の団長の座に収まったことだし、そこそこ強かったかもな。ただ、それで満足して、そこから強くなろうとしなかった。……そういえば、お前がアンクさんに傷を負わすことができたのは、数的有利な時や人質を取っての背後からといったモノばかりだったな。そういう手段でしかアンクさんとやり合っていなかったのは……自覚してか? それとも無意識か?」
「な、何故そのようなことを知って――で、でたらめを!」
「でたらめかどうかは、お前が一番わかっているんじゃないか?」
そう言うと、これまでで一番真っ赤な顔をして、ワンドが黒い大剣を力強く握る。
「う、うるさい! ざ、戯言を言うな! それではまるで私がアンクを恐れているようではないか……そのようなことは認められない……いいや、認めない! 何故なら! 私は『暗黒騎士団』の団長なのだから!」
ワンドが斬りかかってくる。
その表情は――先ほどまでの激昂が嘘であるかのように、余裕のある笑みを浮かべていた。
かかった、とか思っているんだろうな。
そもそも、闇のアンクさんの記憶の中でそうだったし、俺は最初からそうくるだろうと警戒していたからこそ、エラルとワンドが狙いだと――つまり、二人を同時に相手にするつもりだったのだ。
だからこそ、向こうからすれば隙を突いたつもりなのだろう。
俺が背後を見せたことでエラルが強襲してきた――が、タイミングを合わせて竜杖の石突き部分をうしろに引く。
エラルは強襲の勢いを殺せずに竜杖の石突き部分に顔面をぶつけ――。
「ぶっ!」
痛みで強襲することをやめて、顔を押さえてその場に蹲った。
「あれ? 居たんだ?」
エラルにそう言っておく。
ワンドはそのまま斬りかかってきたが、それはなんでもないように避けて、もう一度蹴り飛ばした。




