無理はしないに限る
前へ出ながら、竜杖を構える同時に――。
「『黒失 何物をも通さず 何物をも透さず 何者をも跳ね除ける 黒球』」
手のひらサイズの黒球を数十作り出し、連発。
俺に向けて飛び出しているワンドに向けて放つ。
ワンドは――身の丈ほどの大きさで、刃が黒く染められ、剣身に連接剣のような筋が入った大剣を両手で持ち、その黒い大剣を縦に構えて、そのまま突っ込んでくる。
黒球の大半は、盾代わりに使用された黒い大剣にぶつかって消えていき、残りはワンドの黒い鎧をかすめた程度で通り過ぎていった。
「その程度で私をやれると思っていたのか!」
ワンドが吠えながら襲いかかってきた。
振るわれる黒い大剣。
まだそれなりに距離があると思ったが、そこは大剣というべきか、思っていたよりも剣身が長く、少し後方に下がることでかわす。
「別に、それは思っていないな。ただ、試しただけだ」
笑みを浮かべて答えながら、竜杖を構える。
ワンドも黒い大剣を構え、対峙した。
「あの時と違って、お前は老いたからな。きちんと戦えるのか……確認は必要だろう? 何しろ、お前がアンクさんの背後から手をかけて……大体五十年が経っているからな」
そう口にすると、ワンドの眉間に皺が寄る。
「……随分と事情に詳しいようだな。どうやってあの傷で生き延びたのかは知らないが……それで? あの死に損ないに私のことを直接聞きでもしたか? それで、その意思を継いで殺されに来た、と?」
「いいや、前に言っただろ? 復讐の続きだと。お前が……お前とエラルが生きているのなら、アンクさんの代わりに果たすまでだ」
「……代わり、か。ということは、アンクは死んだか? まあ、どちらにしても、代わりを寄こすということは、私の下まで来ることができなくなったということか。それは喜ばしいことだ。それが知れただけでも、憂いがなくなったというもの」
ワンドが嬉しそうに笑みを浮かべる。
その先で、エラルは安堵するように笑みを浮かべていた。
いやいや、何を勝手にそう思うのか。
「もう憂いがなくなったと判断するとは、せっかち……いや、随分と楽観的だな。そういうのは俺をどうにかしてから言うんだな」
「そんな簡単なことであれば、直ぐにでも行おう」
ワンドが駆け出し、黒い大剣を振るう。
俺は身体強化魔法を発動させて、竜杖で受けとめる。
少し押し切られるが、それだけ。
俺も竜杖も傷一つ付いていない。
ワンドからすると、それが以外だったのか、少しだけ驚きの表情を浮かべる。
まあ、見た目魔法使い、特に筋骨隆々でもない、自身は黒い鎧による強化済、で防がれるとは――俺がそういう行動を取るとは思っていなかったのだろう。
俺はワンドに向けて余裕の笑みを浮かべる。
「思っていた以上に非力だな、ワンド」
ワンドの顔が赤く染まって憤怒を示す。
黒い大剣を引き、再度斬りかかってくる。
それは先ほどよりも鋭く、強かったが――問題ない。
先ほどと同じく受けとめ、別に変っていないが? と余裕の笑みは崩さない。
それが余程気に入らないのか、ワンドは憤怒の表情のまま黒い大剣で斬りかかってくる。
といっても、ただ斬りかかってきている訳ではない。
俺からすればなんでこんなヤツが、だが「暗黒騎士団」の団長なのだ。セカンの方がその肩書きは似合ってそうだが、それでもワンドが団長なのは間違いない。
そんな立場であれば、大剣だろうが剣を使うとなると、当たり前のように剣術を身に付けている。ワンドもそうであり、基礎となる身に付けた剣術があった上で、大剣に合わせた我流が付け足されている、といった感じだ。
ワンドの剣術による、どれだけ鋭く振られた斬撃だろうが、隙を突くように刺してこようが、奇をてらう行動をしてこようが、そのすべてを――防ぐ。時にかわす。
いや、全部防ぐのはさすがに無理。俺、元執事見習いの魔法使い。元々近接職ではないから。それに、受けとめる衝撃で少し手が痺れることだってあるので、無理はしないに限る。
そんな感じで、俺は闇のアンクさんの復讐を果たすという強い意思は持っているが、冷静というか普段通りである。
しかし、「暗黒騎士団」の団長として、攻撃が通じないのは許容できないのだろう……プライド、高そうだし。
「馬鹿な! 何故、私の剣術が通じない! どうして、私がどう動くのかがわかっているかのように防がれるのだ!」
その理由は一つ。俺が闇のアンクさんの記憶を持っているからだ。
記憶の中に、ワンドとの模擬戦や戦いがあって、それでどう動くか丸わかりなのである。
それはつまり、大体五十年前からワンドに成長が見られないということだが、その頃は既にリミタリー帝国は現状に近い状態であり、戦いらしい戦いは起こらないだろう。
また、闇のアンクさんの記憶通りなら、ワンドは日々己を鍛えて高めるとか、戦いの場で最前線に出るような性質ではないため、それほど変わっていないと踏んでいたが、それが的中した形である。
だが、懸念するべきことがない訳ではない。
それは、闇のアンクさんの記憶は大体五十年前である以上、魔道具――特に黒い鎧は以前とは違っている可能性がある、ということだ。
いや、性能は確かに記憶の中よりも向上している。
だが、今の相手は「暗黒騎士団」団長なのだ。
他のとは違う可能性がある。
その懸念が――当たった。
「理由はわからないが、私の動きが読めているのなら……反応しても対応させなければいいだけだ。ハアアアアア……」
ワンドがその身に力を込めていく。
それに反応するように黒い鎧が輝き出した。
何をしようとも叩き潰すと竜杖を構える。




