サイド それぞれの戦い セカン
アルムがワンドに向けて飛び出す。
私としてもワンドには思うところはある――が、アルムのワンドへの……それと前皇帝・エラルに対する敵意に嘘偽りはない、ように感じる。
何がどうしてそこまでの敵意を持つようになっているのかは定かではないが。
少なくとも、私の記憶の中に、アルムがワンド、前皇帝・エラルと何かしらがあった出来事というのはないが……牢屋からここまで共に来たのだ。
私はアルムを信じる。
もちろん、アルムが勝利することも。
それに、私も他を気にする余裕はない。
トゥルマ、エル、ナナンは現皇帝・ラトールの下へと向けて飛び出し、相手も何人か相対するように飛び出した。その中の一人――「暗黒騎士団」を処刑するための「暗黒騎士団」のサティが私の下へと来るのが見えたため、私は待ち構える。
なるほど。まずは私を処刑しようという訳か。
接近に合わせて、サティがその手に持つ大鎌を振るう。
私以外は全員前へと飛び出したので、周囲を気にする必要はなさそうだ。
鋭く振るわれる大鎌をかわしつつ、サティへと声をかける。
「やめないか、サティ! 今、この国に、お前のその刃を振るう価値はない!」
「……否」
それを決めるのは私ではない、と言いたげにサティは大鎌を振るってくる。
ええい。相変わらず聞き分けの悪い。
「それなら、私が教えてやろう。お前の刃はなんのために振るうべきなのかを」
構えを取る。
サティも大鎌の握りを確かめた。
「……不可。鎧。なし。勝ち目。なし」
私にそれを教えるのは無理? 能力強化の黒い鎧を身に付けていないのに、そもそも勝てる訳がない、と――言ってくれるではないか。
「そう思うのなら、そう思っておけばいい。サティ。どうやら、お前の視野はまだまだ狭いようだ。能力の差だけが、勝利の絶対条件ではない、ということを」
「………………」
サティは答えない。
ただ、その表情から読み解くのであれば、やれるものならやってみろ、と言ったところだろうか。
こうして読み取れるおかげか、「暗黒騎士団」の時は、よくサティと共に居たものだ。
ただ……。
「サティよ。私を狙いとしているのは上の命令だろうが、本当に私をやっていいのか? 私のようにお前の言葉を読み解ける者は限られていると思うのだが?」
サッと、サティが私から視線を逸らし――今が戦闘中であったことを思い出したかのように直ぐ戻す。
……勝てる気がする。いや、油断してはいけない。「暗黒騎士団」の時のように黒い鎧を身に付けていないのだ。能力だけなら、サティの方が間違いなく上回っている。それを覆さなければならないのだから。
「来い!」
サティが攻めてくる。
鋭く振られる大鎌だが、注意すべきはそれだけではない。
大鎌の石突き部分による殴打もあるし、サティは格闘もできる。私が教えた……あれ? もしかして、私は私の影響で追い込まれている?
……いやいや、そんな訳ない。
私のすべてを教えた訳ではないのだから、大丈夫。きっと大丈夫。やれる。私ならやれる。
意思を強くしてサティと戦う。
サティからの攻撃を捌き、かわしつつ、隙を見てはカウンターを放つ。防がれはするが、それでもサティの攻撃をとめることはできる。確かに、サティは黒い鎧を身に付けているため、能力は確実に私より上だが、戦闘経験と技術においては私の方が上なのだ。
それでサティと渡り合う。
時に攻め、時に守り――一進一退の攻防を続けるが、押しているのはサティの方であった。
……若さには勝てない、ということだろうか。
疲労が蓄積して、望む動きが取れなくなっていく。
このままではまずいかもしれない。
だが、負けられない――これからアンル殿下が治める、平和なリミタリー帝国のために! いや、それだけではない――そう! 「輝く宝石」がさらに輝くために! 今、私は限界を超える!
私には聞こえる……サファイアちゃんが「頑張れ!」と私を応援している声が!
「はあああああっ!」
「……驚愕!」
サティは、私から発する圧力がすさまじいと驚いているようだ。
それはそうだろう。
「サティ。予め言っておく。今の私は、先ほどよりも気持ち強いぞ」
生きるということ……生きる意味……生きる糧……日々抱く幸せ……胸に宿る希望……私は負けない!
体が限界に来る前に――全力で動いて短期決戦で倒す。
持てる戦闘技術を駆使し、合わせて死への恐怖を乗り越えて、サティの振るう大鎌の内へと滑り込み、そのまま拳を打ち込む。
これでも私が得意としているのは格闘術。
強固な黒い鎧であろうとも、その上から内部へと衝撃を伝える術は身に付けている。
それを、打ち込んだ。
サティの無表情な表情に痛みで歪みが生まれる。
それで私はとまらない。
まだ、体は動くのだ。
衝撃で少し下がるサティに合わせて前へ、大鎌は私が内に入ったことで満足に動かせず、サティは格闘術で攻撃を放ってくるが、そもそも格闘術は私の方が上である。
そのままサティからの攻撃を捌きつつ、乱打、連打を放ち続け――最後に目一杯の力で殴り飛ばす。
サティは殴り飛び、そのまま倒れ……起き上がろうとして……起き上がれなかった。
確かにサティは「暗黒騎士団」を処刑するための「暗黒騎士団」で、戦闘能力が高い。ただ、その大部分は攻撃に特化しており、討たれ強くはないのだ。
それが露呈した形だろうか。
「……敗北。自由」
負けたから好きにすればいい、か。
これは予想できた。
だから、トドメは刺さない。
「……サティよ。『夜明け騎士団』に入れ。そここそが、お前が刃を振るうべき場所だ」
代わりに、サティに向けて手を差し出す。
これに応じてくれないのなら、残念ながら……。
「……了」
少し逡巡を見せたあと、サティが握り返してくれる。
敵対の意思は感じられない。
応じる振りでもないのは、これまでの付き合いでわかる。
負けたから従う、といったところだろう。
……今はそれでいい。サティもわかるはずだ。「輝く宝石」に触れれば、きっと。そうすれば、無表情なサティに笑みが浮かぶ日も来るかもしれない。ふと、そう思った。
さて、私も一息吐き、周囲を見れば――トゥルマ、エル、ナナンの方も終わっているようだ。アルムは……まだか。
大局から見れば、もう反乱軍の勝ちだが……いや、油断はまだだ。
まずは、現皇帝・ラトールの身柄を押さえねば――と向かう。




