サイド それぞれの戦い トゥルマ
アルムが飛び出すのに合わせて、私も飛び出すように前に出ます。
狙いは、現皇帝・ラトール。それと、皇太子……なんだったでしょうか。いや、別に忘れている訳ではありません。思い出せないだけです。こういうのは、よくあると思わないでしょうか? 不意に思い出そうとした時、それまでは何度も思い出していたのに、急に思い出せなくなる時というのが。今、まさにそれです。
………………まあ、思い出せなくても構わない気がします。皇太子も現皇帝・ラトールとよく似た人物――アンル殿下やネラル殿下と違い、民のことなど一切考慮しません。果たして、そのような者の名を覚えておく必要があるのでしょうか? いや、ありません。皇太子、という肩書きがあるだけでも充分だと思います。まあ、それも怪しいですが。というのも、噂ではありますが、実はアンル殿下の方が先に生まれていたのですが、アンル殿下の母君が貴族ではなく庶子であるために、血統に相応しくないと母君が貴族であるラフラルを皇太子にした………………ラフラル! そう、皇太子・ラフラル!
スッキリしました。
これで、皇太子でなくなっても問題ないでしょう。
それに、ここで勝利すればアンル殿下がリミタリー帝国を治める――新皇帝となるのです。
皇太子・ラフラルは、正直なところこの戦いの中で一番関係ないところに居ると言ってもいいでしょう。
なので、狙いは現皇帝・ラトールなのですが……そう簡単には辿り着かせてくれなさそうです。
私の前に、剣を抜いた近衛騎士二名が立ち塞がりました。
もう一人は、皇太子・ラフラルの護衛として側に残っています。
自らの意思か、あるいは命令か。
この状況で一人残す意味は正直ないと思います。
……まあ、現皇帝・ラトールや皇太子・ラフラルとしては、小間使いに使おうとか、その程度の考えでしょう。愚かなことです。
「ハハハッ! 漸くお前を殺すことができるな! トゥルマ!」
「いつも自分は優秀ですみたいな態度でいて、こちらはイライラしていたのだ! いい機会だから、私たちが教えてやろう! 実戦というのは命の取り合いであるという現実をな!」
何やら私に対して思うところがありそうな物言いをしながら、近衛騎士二人がそのまま襲いかかってきました。
近衛騎士二人が振るう剣からは、私を斬り殺すというより、まずは痛めつけてから、という意思が感じられます。
私も剣を抜き、体捌きも加えつつ、近衛騎士二人からの攻撃を防ぎ、回避していき――防戦しながら思うのは………………この二人、どちらさまですか? でした。
いや、これだと語弊があるといいますか、顔は覚えているのです。それは間違いありません。ですが、名は……ちょっと……。それ以外もちょっと……。
言ってしまえば、元同僚ではありますが、ここまで言われるような直接的な関係ではありません。そんな顔見知り程度の関係性で、多くを求められても困るのですが。
それとも、私が忘れているだけで、それ以上の関係性があったのでしょうか?
「ほらほら! きちんと避けないと斬れてしまうぞ!」
「避けるだけで精一杯か? 情けない!」
自分たちの方が押していると思っているのか、強気な発言をされました。
……本気、なのでしょうか? 実戦を、命の取り合いを、現実を教えてやると言っておきながら、この程度と言いますか、脅威をまったく感じられないのですが?
もう既に息も上がり始めていますし、その実力も大したことがありません。
まあ、その理由も察することはできます。
顔見知り程度なので確実なことは言えませんが、確か、この近衛騎士二人はそれなりの上位貴族の次男……三男だったような? ……ともかく、所謂親のコネで近衛騎士となり、勤務態度もよくなかった……ような。少なくとも、近衛騎士の訓練を真面目に受けていた者たちの中には居なかったと思います。
そのような者が強くなれる訳がありません。
私に対して強気なのも一人分とはいえ人数で勝っているからでしょう。
それに、リミタリー帝国内で近衛騎士まで出るような戦いは近年ありません。強いて言うのであれば今ですので、実戦を教えてやると言われましたが、こうしてここに居たのなら実戦経験はないも同然。
どう考えてもこの場に相応しい実力を持つ近衛騎士ではありませんが、それでもこうしてこの場に居るのは、おそらく元々ここが――皇族の近くが一番安全だと判断して警護に就くとゴリ押したからだと思われます。親の力でも使ったのでしょう。
こういう場合、本来なら実力重視であるべきですが……まあ、それがまかり通るのが今のリミタリー帝国です。
そんな国の近衛騎士であったとか……何やら情けなくなってきました。
このような国は早急に終わらせるのも、近衛騎士――騎士としての役目の一つでしょう。
「もういいです」
「観念したようだな!」
「なら、死ねい!」
「……お前たちは、近衛騎士という役職を汚しています」
近衛騎士二人が斬りかかってくると同時に、私は既に近衛騎士二人の間を通り過ぎており、そのすれ違いざまに斬っておきました。
何が起こったのか近衛騎士二人は知らぬまま、鮮血を上げて倒れます。
呻き声すら聞こえませんでした。
起き上がってこない近衛騎士二人を一瞥したあと、私は目的を果たすべく、現皇帝・ラトールの下へと向かいます。




