無意識に開くからどうしようもない
「もういいです。ええ。もう気にしません。どうでもいいです。全員くたばればいいのですよ! 『黄覆 其れは頑丈であり 其れは力強く 其れは従順である 石人形』!」
絨毯が敷かれていて見えないが、それ以外のとこもあるので、帝城一階の床が高級そうな石材であるとわかる。その石材を媒介にして寄り集まり、盛り上がって人の形を作っていき、人の倍くらいはありそうな石人形が形作られる。
魔道具などで作られたモノと違い、魔法によるモノは魔力が切れれば自壊するが、それでも一時的とはいえ、強力な戦力を得るのは間違いない。
これまでに受け継いだ記憶から、その辺りの知識を得ていたため、反応が遅れる。
「死になさい! ナナン!」
そして、命令を出すと、石人形はナナンさんに向けて拳を突き出す。
「『青流 流体が集いて 天まで噴き上がり すべてを飲み込み弾く 水壁』」
ナナンさんの前に、石人形の拳が突き抜けないように分厚い水の壁を出現させて防ぐ。
石人形の動き自体はどちらかといえば鈍重なので避けられたかもしれないけれど、意表を突いていたのは間違いないので、念のため。
何しろ、石人形が出現した時、ナナンさんは――いや、気付いた者の大多数はどれだけ大きいのだと見上げていたのだ。
気持ちはわかる、というか、俺もちょっと見上げた。
なんでこう……そこに高いモノがあると見上げてしまうのだろうか。時と場合で口も開けて。まあ、最近は竜杖で飛ぶことも増えたので、寧ろ見下ろす方が多くなった気がするけど。
だから見上げてしまったのだが、それでもいち早く周囲の様子に、石人形の動きを察知できたのは受け継いだ記憶から知識を得たからだろう。
それで視線を下げたため、気付けたのだ。
ナナンさんが、俺に向けて小さく頭を下げる。ありがとう、かな?
エルからも感謝されそう。
ただ、それは確認できない。
それどころではないからだ。
「……フフフ……どうして邪魔をするのかしら? 私はただ、そちらと同じことをしようとしただけなのに」
「そちら?」
どちら? とクフォラが指し示したのは、先ほど帝城が壊れるのではないかという勢いで壁を叩いていた一部の人たちだった……ん? よく見れば、大階段を守っているリミタリー帝国軍の一部も同じように壁を叩いていた様子がある。
というか、果たしてアレと同じこととしていいのだろうか?
少なくとも、規模が違い過ぎるし、石人形では本当に帝城を倒壊し兼ねないと思う。
それに、反乱軍でそれをやるならまだしも、リミタリー帝国軍でやるのは違うと思うのだが?
あと、なんかクフォラが怖い。
「そういえば、あなたを先に片付けるのが先でした。邪魔をしたことも含めて、今から殺してあげます」
咄嗟に身構え――ようとして、分厚い水の壁を発動中だったことに気付く。
そんな俺に向けて、石人形が、ナナンさんに向けて突き出したのとは別の拳を俺に突き出してきた。
詠唱――は間に合わないので、身体強化魔法を強めにかけて防御態勢を取り、迫る石人形の拳との間に竜杖を差し込んで受けとめ――そのまま突き飛ばされる。
「ぐっ!」
痛みによる声が漏れ、背中に衝撃が走った。
確認すれば、ホールの門まで突き飛ばされたようだ。
全身に痛みが走るが、身体強化魔法、それと間に差し込んだ竜杖のおかげで耐えられたのは間違いない。
つまり、まだ動ける。
「「「「アルムッ!」」」」
アブさんだけではなく、セカン、トゥルマ、エルの呼ぶ声が聞こえたので視線を上げれば、石人形は俺との距離を詰めていた。
動きが速くなった訳ではないが、一歩の幅が大きく、広いとはいえ所詮は帝城の中。石人形が少し動くだけで近付かれてしまう。
石人形はそのまま追撃の拳を俺に向けて突き出してきたので咄嗟に避ける。
身体強化魔法は維持していたので、気付くのが遅れていても回避することはできた。
石人形の追撃の拳が俺に当たることはなかったが、そのまま突き出されてホールの門を破壊する。
それでとまらず、石人形は動き続けて襲いかかってくるので、破壊されたホールの門から一旦外へ。
石人形の縦はいいのだが、横はホールの門よりも大きいので、これで追ってはこられないだろうから、このまま帝城外から魔法を放って――。
「破壊しなさい!」
クフォラの命令が飛び、石人形はホールの門の外周部をすべて破壊して、クフォラと共に外へと出てくる。
合わせて、アブさんも壁をすり抜けて外に出てくるのが見えた。
ともかく、ホールに居るリミタリー帝国軍はセカンたちに任せていいから、これで俺はクフォラの相手に専念できる。
ただ、その前に一つ言いたい。
「いやいや、いいのか! それ! こっちがやるのはわかるが、そっちが帝城を破壊するのは駄目だろ!」
「問題ありません。壊れたのならまた建て直せばいいのです。まあ、帝城と違って、私の砕けた心の方はもっと時間が……いえ、時間よりも相手が必要ですので立て直せるかどうかわかりません。私の心の方が帝城の壁よりも砕け散って深刻なのですから、帝城の壁よりも私の心の方を心配しなさいよ!」
「そ、それは……なんか、すみません」
「謝る必要なんてありませんよ。ええ、ええ。ありませんとも。ちっとも……『赤熱 纏うは 外敵から身を守り 触れるモノを燃やし尽くす 炎纏い』」
怒りのままに、という言葉が似合いそうなクフォラが魔法を唱える。
ただし、それは俺に向けての攻撃ではなく、対象は石人形。
まるでクフォラの心の中にある感情の炎を体現したかのように、石人形はその巨大な身に燃え盛る炎を纏い――燃え盛る石人形とでも呼ぶべき状態へと変化した。




