自意識過剰に思ってしまう時もある
クフォラが俺に向けて肉食獣のような好戦的な笑みを浮かべる。
完全に俺を狙っているようだ。
ただ、そこで諦める俺ではない。
一縷の望みをかけて、後方を確認。誰も居ない。左右――というか、ホールから続くいくつかの廊下を確認。誰も居ない。
………………。
………………。
少しだけ考えて、もしかして……俺ですか? と自分を指差す。
「あなた以外の誰がそこに居ますか!」
クフォラが激昂した。
怒られた。
「そんなに怒らないでもいいじゃないか。念のためだ。念のため。ほら、間違えた時が怖いというか、好みの女性から声をかけられたり、視線が合うだけで意識する時だってあるが、よくよく考えてみると……あれ? もしかして自意識過剰では? いや、そうだわ、これ。うん。と思う場合だってあるだろ」
「フフフ。つまり、私が好みの女性ということですか? そう言えば手加減してもらえるとでも考えましたか? ですが、残念でした。私は別にあなたのことなん」
「いや、別に」
「てなんとも思っていませんよ! ええ、ええ! 思っていません! 寧ろ、憎しみです! 憎悪です! 殺す! ええ、そうです! ここまで私の心を乱して!」
「乱れたのか?」
「コロス!」
今の言い方は、なんか怖かった。
先ほど以上の激昂である。
純度の高い殺意を向けられ、さすがにマズい気がしないでもない。
ヒューッとアブさんが天井付近に移動する。
――某、上デ見テイルナ。と手の動きだけで伝えてくる。
逃げたな? と思うのだが、だったらできれば俺も連れて行って欲しいと思わなくもない。
「えっと……なんか、ごめんなさい」
「謝罪は結構! 何度か行われたこの対峙……ここで決着を着けてあげましょう! 『黄覆 貫き穿つ 振るわれる一突きは 集うことで形作られる頑強な塊 土槍』」
「ちょっ! 『青流 流体が集いて 天まで噴き上がり すべてを飲み込み弾く 水壁』」
クフォラが放ってきた土槍を、水の壁で防ぐ。
すると、クフォラは水の壁の範囲外に移動していて、そこから再度土槍を放ってくる。
それは身体強化魔法で回避して、逆に水球を放つが、それはクフォラが土の壁を出現させて防いだ。
互いに魔法による攻防が続く。
続いた理由は単純だ。
俺としては使用魔力量無視で魔法を放てばクフォラの魔法を上回って倒すことはできるが、ホールが……いや、下手をすればホールも含めた周囲一帯が崩壊し、そのまま帝城もバランスが崩れてそのまま倒壊――なんてことも起こり得る。
それは駄目だ。セカンとの約束というのもあるが、今倒壊すればセカン、トゥルマ、エル、反乱軍の精鋭たちも巻き込むことになる。だからできない。
……まあ、裏を返せば、セカンとの約束がなく、帝城に敵しか居ないのなら、帝城倒壊……いや、灰燼と化すまで魔法を放ってもいいのだが。
クフォラの方も、どことなく威力を抑えている気がする。
火属性魔法が使えるのに、今は土属性魔法しか使ってこないのは、延焼を危惧してのことだろう。
……そう考えると、俺はかなり使ってきている気がする。
まあ、俺の場合は水属性魔法で消せるから、というのもあるからだが……よく延焼しなかったな。
いや、それだけ俺の魔法の扱いが上手かった、ということだろう。
そう思うことにした。
そうして、どれくらい――数分か、数十分か、それ以上かはわからないが、ホール内がお互いの魔法の影響によって水で濡れている箇所や、土が零れ落ちている場所が増えて汚れが目立つようになった頃、聞き覚えのある声が耳に届く。
「これはっ!」
ホールから続くいくつかの廊下の一つから、セカンの一団が現れる。
それだけではない。
「帝城のホールが随分と荒れて……既に戦いが始まっているようですね!」
セカンの一団が現れた廊下とは別の廊下から、トゥルマの一団が現れた。
俺は声を張り上げる。
「この先――謁見の間だ! おそらく、そこに皇帝たちが居る!」
それに反応して、セカンとトゥルマの一団が一つに纏まり、大階段に向けて駆け出す。
「そのまま行かせると思いましたか? 『黄覆 螺旋を描いて 貫き抉れ 歩みをとめること叶わず 螺旋土槍』」
「お前の相手は俺だろ! 『青流 その身はすべてを飲み込み その身は何も通じず うねる形ある流水 水蛇』」
クフォラがセカン、トゥルマの一団に向けて土の螺旋槍が放つが、大きな水の蛇を放って土の螺旋槍を飲み込ませて防ぐ。
「あらあら、私が他者へ視線を向けたことが気に食わないのですか? 嫉妬かしら」
「嫉妬? いや、セカンたちを守っただけだが?」
それ以外に何かあるだろうか。
「真面目に答えられると、それはそれでくるモノがあるのですが」
クフォラがなんとも言えない表情を浮かべる。
どうした? 何かあったか?
首を傾げるが、その間にセカン、トゥルマの一団はそのまま大階段を守るリミタリー帝国軍と戦闘を開始する。
こちらには手を出さない――クフォラの相手は俺に任せたようだ。
……少しくらいは手伝ってくれてもいいと思う。




