抜けない時は本当に抜けない
予期せぬ出会いが起こり、逃走を選択する。
セカンかトゥルマのどちらかと会うつもりだったのだが、まさかの「暗黒騎士団」と遭遇することになるとは思わなかった。これでリミタリー帝国軍であれば、近距離遭遇しても対処できそうだが、さすがに「暗黒騎士団」――それも近接職となると、対処しようとしても反応速度の違いで負けてしまう。出会った時の距離が近過ぎたのだ。
ただ、悔やまれるのはそこではない。
悔やむのは、三つの方向の内どこに進むかを選択した時、左か正面に進んでいれば、会えたかもしれない、ということである。
あの時、右を選んだ過去の自分に言ってやりたい。
その選択はやめておけ、と。
何しろ――。
「待て、こらあ~! 逃げるのかあ~! 戦え~!」
追いかけてきているのだ。その偶然遭遇した「暗黒騎士団」のハルバード持ちの男性が。
逃走を選択してから直ぐに身体強化魔法を使って距離を取ろうとしたが、離すことができない。結構な速度だと思うが、そこはやはり「暗黒騎士団」ということだろう。
今ある距離では魔法を放っても対処されるだろうし、何より詠唱に集中するために速度を落とせばあっという間に追い付かれて、詠唱し切る前にハルバード持ちの男性に切断させられそうだ。
それなら、身体強化魔法をさらに強く発動すればいいのだが、今はもう出せる限界なのである。限界を超えた場合、このあとの戦闘に影響が出る可能性が高い。……まあ、いざという時は仕方ないが、今はまだその時ではない……と思う。
俺は走りながら声をかけてみる。
「というか、反乱軍を薙ぎ払う予定だったんだよな! 俺のことは気にせずに!」
反乱軍の精鋭たちなら頑張ってくれるはずだ。
決して押し付ける訳ではない。
「いや、そっちはいい! ワンド団長命令で、お前が最優先だ!」
「クソワンドが! 覚えていろよ! このあと滅茶苦茶にしてやる!」
ワンドに対する怒りを抱く。
だからといって、この状況が改善する訳ではない。
何より、セカンやトゥルマに会うよりも早く敵と遭遇したのだ。
ここから先に進んでも敵が居る可能性が高い。
下手をすれば挟撃される。
「暗黒騎士団」の男性を撒けないのなら、倒すしかないが――嫌な予感!
咄嗟に前に飛び出し、廊下に体を擦り付けるように滑り込む。
さすが帝城。廊下に敷かれた絨毯がふっかふかで優しく俺を受けとめてくれた。
そんな俺の頭上を何かが通り過ぎて、先にある曲がり角の壁を砕くように先端の斧部分がめり込むように刺さる。
立ち上がりながら文句を言う。
「ハルバードを投げるなんて危ないだろっ!」
「ちっ! 外したか! 勘のいいヤツだ!」
「暗黒騎士団」の男性が、手に持っていたハルバードを投げてきたのだ。
滑り込まなければ、胴体から真っ二つになっていたかもしれない。
それだけの速度と威力が感じられた。
いや、待てよ。ハルバートを投げたということは、今武器は持っていない。つまり、無手だ。今なら倒せるかもしれない。
そう考えて反転した――瞬間、「暗黒騎士団」の男性の拳が迫ってきた、が丁度そこに竜杖があって防ぐ形となる。
「ふんっ!」
ただ、それで勢いまで殺すことができず、殴り飛ばされてしまう。
竜杖に当たったのでダメージはないが、今のは危なかった。
まさか、一気に距離を詰められるとは。
「まさか杖で防ぐとはな! だが、いつまでも防げると思わないことだ! ちなみに、私はハルバートだけではなく格闘もいける!」
「最初に言っておけ!」
思わず文句が出た。
ただ、殴り飛ばされたといっても、未だ距離は近距離なので向こうの距離である。
再び駆け出す。
「暗黒騎士団」の男性もあとを追かけてくる。
このままでは不味いとわかるので、何か手を打たないといけない。
どうするかを考えながら曲がり角を曲がり……。
「……うおっ!」
不意にそんな声がうしろから聞こえてきて、次に何か大きなモノが落ちる音が耳に届く。
気になって振り返ると、壁にめり込むように刺さったハルバードを手に持った状態で、「暗黒騎士団」の男性が倒れていた。
思わず足をとめて見てしまう。
「暗黒騎士団」の男性はなんでもないように立ち上がって、俺が見ていると気付くと少し恥ずかしそうにしながら壁にめり込むように刺さったハルバートを引き抜――。
「……ぎ、ぐぬぬぬぬぬ」
けないようだ。
顔を真っ赤にして目一杯の力を込めて引き抜こうとしているが、壁にめり込むように刺さったハルバートはビクともしない。
もしかして、先ほど倒れていたのは、俺のあとを追いながらハルバートを引き抜こうとしたけどビクともしなくて、その勢いが余ったことで……とか?
「ふ、んんんんん……」
状況的にそうとしか考えられない。
「………………」
「はあ、はあ……良し! 今度こそ……ん、ぐぐぐぐぐ……」
格闘ができるのだし、別にハルバートにこだわる必要はないと思うだが……いや、これはアレか? これくらい抜けて当然。それくらいの力はある、ということを証明したい、とかだろうか? もしくは、壁にめり込むように刺さったハルバートが抜ければ、伝説の存在――勇者になれるとかだろうか? それはさすがに考え過ぎだが――。
「くそっ。妙なところにでも噛み合っているのか? すまんが、手伝ってくれないか?」
「え? 俺?」
「他に誰が居る? 大丈夫。安心しろ。お前を狙うのはこのハルバートが抜けてから」
「『赤燃 赤く熱い輝き 集いて力となる 基礎にして原点 火炎球』」
連射ではなく巨大な火球を放つ。
そっちの方が効果はありそうというか、威力が低いと通じなさそうな気がしたのだ。
「おぎゃあ!」
「暗黒騎士団」の男性に直撃。
ぶすぶすと黒煙を少し上げるが、無事なようだ。
何しろ、ハルバートを掴んだまま、こちらを睨んでいる。
「き、貴様……さ、さすがにこれは……」
もう二、三発放っておく。
いや、抜けたらまた襲いかかってくると言っているヤツを手伝う訳ないだろ。
寧ろ、格闘ができるのにハルバートを抜くことにこだわった、隙を見せたそっちが悪い。
「む、無念……だが、これは……これだけは決して、放さな……」
壁にめり込むように刺さったハルバートは放さないまま、「暗黒騎士団」の男性はそう言って気を失い、その場に倒れた。
放せば避けられたと思うのだが……まあ、こだわりが大事な時もある。今かどうかはわからないが。でも、ハルバートを掴んだまま倒れるのも、まあ見ようによっては立派に………………見えないな。うん。やっぱり。
とりあえず、これで「暗黒騎士団」の数を減らせた訳だし、良しとしよう。
先へと進むことにした。
……そういえば、アブさんはきちんとエラルとワンドを見つけてくれているのだろうか。




