隠そうとするのは難しい
という訳で、「新緑の大樹」と他数人で、スリーレル公爵領に入った。
反乱軍はそのまま王都に向かっている。
一応、俺の予測が外れた場合は、即座に反乱軍のところまで撤退すると約束させられた。
俺の主目的である、母さんの救出まではそのつもりは一切ないが。
スリーレル公爵領を火の海にしてでも助ける。
いや、実際はしない。
そもそも、クズなのはスリーレル公爵家であって、領民のすべてがそうだという訳ではないのだ。
一部の賛同する者は居るが、大部分というか、かなりの大部分は良識あるというか、権力で従わされているだけで、スリーレル公爵家がここに居ないと分かれば、進んで協力なんてしない。
寧ろ、これ幸いと反乱軍に同調してもおかしくないのだ。
一部の賛同する者も、スリーレル公爵家にくっついて王都に向かっているだろう。
それなのに火の海にするなんて、できる訳がない。
ただ、そんな俺の予測に間違いはないと思うが、懸念はある。
スリーレル公爵家当主と跡継ぎが王都に向かう際に、俺の母さんを連れていっている可能性があることだ。
反乱軍に協力している、通りすがりの凄腕魔法使いが俺ということはわかっていないというか、結び付かないだろうから、普通に道中の世話役として。
何しろ、母さんはメイドとしての技術を極めていると言っていたし、頼もしいのは間違いない。
けれど、当主と跡継ぎを思い浮かべると……可能性としては限りなく低い。
あいつら、普段から若いメイドばかり連れ回しているからだ。
……でも、気付いてないんだろうな。
自分たちが好かれているとでも思っていそうだ。
跡継ぎなんて、若いメイドたちは自分の容姿にうっとりしていると思っている。
でも、本当は違うことを俺は知っている――というか、知ってしまった。
屋敷でメイド専用部屋の近くを通った時に聞こえてきたのだ。
普段はニコニコして、使用人見習いの俺にも優しくしてくれていた人たちの口から出てくる罵倒や愚痴……攻撃性の高い言葉の数々……思い出したくもない。
母さんから、メイドの闇を迂闊に覗いてはいけないと注意されているくらいだ。
「それでそれで! メイドたちはどんな会話をしていたの!」
「聞きたい! 詳しく教えて!」
「新緑の大樹」の女性陣――リディさんとベルデさんが、目を輝かせて続きを促してくる。
俺は竜杖、他は馬や馬車で領都までの移動中の話のネタにうっかりというか、多少メイドの闇に触れてしまったことで、好奇心を刺激してしまったようだ。
ちなみに、「新緑の大樹」の男性陣――リューンさんとロロンさんは、何も聞いていないと両手で両耳を押さえ、自分で自分を守る自己防衛を行っている。
いや、護衛よ。
一緒に付いて来てくれている人たちも似たような反応だが、その中で一人だけ、馬車に乗っているリノファは興味がありそうに見えた。
そう。この一団の中にはリノファが居る。
ここに居る理由は単純明快。
いざという時に俺が撤退を選択できるようにする予防措置だ。
提案したのはテレイルで、つまり、俺が母さんを助けるまでは撤退する気がないことに気付いていたのである。
あとはまあ、事が終われば反乱軍にリノファを送り返して欲しい――つまり、最後まで反乱を手伝って欲しいということだが、それは元からそうだ。
今の国のままで母さんを残して、無のグラノさんたちの無念や後悔を晴らしに旅立てない。
それに、俺の予測通りなら、スリーレル公爵家が自領内から逃げたのは反乱軍のおかげである。
その恩は返す。
俺の予測も絶対ではないが、いざという時は火属性魔法全開でどうにかして、リノファを守りつつ、母さんを救出しよう。
スリーレル公爵領が焦土とならないことを切に願う……俺に魔法を使わせないでくれ。
いや、使う時は躊躇いなく使うんだが。
ただ、やはりというか、魔法を使う必要はなさそうだ。
というのも、領都に辿り着くまでに幾つかの村や町に寄ったのだが、予測通りというか領都に近付けば近付いた分だけ同じ情報が耳に入る。
「反乱軍がセプテ砦を落とした辺りから、スリーレル公爵家の姿を見なくなった」
「普段から偉そうで威張り散らしている、有用スキル持ちの連中も消えた」
大体この二つに集約された。
予測通り、スリーレル公爵家は有用スキル持ちを連れて王都に逃げたようだ。
これはこれでスリーレル公爵家を細かいところまで理解しているようで嫌だが、面倒がなくなったのは間違いない。
特に問題も起こらず、領都に辿り着くと……活気に満ち溢れていた。
まるで、邪魔者が居なくなったとか、もう自分たちを抑える、遮るモノはなにもない、と言わんばかりに。
それに、俺の知っている領都はこの逆で、このような状態を許すスリーレル公爵家ではない。
念のため試しに話を聞いてみると、逃亡するところを見られていて、その話が広まった結果が今だそうだ。
それなら俺も喜びたいところだが、今は主目的がある。
……母さん!
自分を抑え切れず、スリーレル公爵家の屋敷に向けて駆け出した。




