急に緊張することだってある
細身が双剣。筋骨隆々が巨大な槌。
俺を捕らえた時に使用していた武器は変わっていないようだ。
あの時の状況から判断するに、黒い鎧の強化は全体的なモノの他に、細身の方は速度強化、筋骨隆々の方は力強化だと思われる。
まともにやり合えば、前回の二の舞いになるだろう。
……そう。まともにやり合えば。
攻めてくる細身と筋骨隆々に対して、俺は身体強化魔法を使用して――一気に後方へと下がって距離を取る。
細身と筋骨隆々の表情がどこか呆気に取られていた――が気にしない。
多分、あれ? ここは攻めてくる、あるいは受け切るんじゃないの? とか考えていそうだ。
いや、もちろん、攻めるよ。
魔法使いとして。
「『赤燃 赤く熱い輝き 集いて力となる 基礎にして原点 火炎球』」
火炎球を放つ。
巨大でも特大でもない。
ただ、数が多いだけで、一人につき十数発――合わせて数十発を放つだけ。
いや、違う。
放ち続けるだけ。
「は? いや、え?」
「ん? ぬう! はっ!」
ほれほれほれほれほれほれ……。
途切れることなく、火炎球が細身と筋骨隆々に放たれ続ける。
細身と筋骨隆々は防ぐだけで精一杯。
避けても新たな火炎球が次々と迫り続ける。
細身と筋骨隆々は火炎球の対応で手一杯で、俺に近寄ることすらできていない。
それでも、少なからず細身の方はまだ少しだが余裕が見える。
細身の方は双剣を振るうことで常に火炎球を斬り飛ばすことができるのだが、筋骨隆々の方は巨大な槌を振るうことで一度に火炎球を複数叩き消せるが次があるため一時しのぎにしかならない。
その差、だろうか。
まあ、どちらにしても、このまま押し潰すのだが。
もちろん、威力や数を変えることもできる。
火炎球の威力を上げれば、武器ごと燃やし尽くせるだろう。
火炎球の数を増やせば、対応しきれなくなって押し切れるだろう。
ちなみに、魔力量的にはまだまだ余裕がある――というか、消費よりも回復の方が勝っているので、このままいつまでも放ち続けることができる。
いや、いつまでもというのは言い過ぎだ。
確かに放ち続けられるが、寝食、それに生理現象だってある。
限界はあるのだ。
ただ、それが魔力量的なモノではなくて……あっ。生理現象なんて考えたからだろうか。
トイレ、行きたくなってきた。
もちろん、小の方な。
ちょっとトイレ休憩、と言えば行かしてもらえるだろうか?
細身と筋骨隆々も一息吐きたいだろうし……いや、待てよ。ここは帝城。つまり、トイレも豪華なのは間違いない。……豪華なトイレを使用すると考えると、妙に緊張してしまうのは何故だろう。綺麗なのが当然だから汚しちゃいけないと思ってしまって……と、考え事をしていると気付く。
「――――――っ!」
「――っ! ――っ!」
ん? 火炎球をどうにかしつつ、細身と筋骨隆々が俺に向けて何か口にしているように見えるな。
でも、火炎球を放ち続ける音に遮られてここまで聞こえない。
え? なんて? と耳に手を当てて聞こうとするが……やはり聞こえない。
……仕方ないな。
火炎球を放ち続けるのをやめる。
といっても、消した訳ではなく、俺の周囲に漂わせているだけなので、放ち続けようと思えばいつでもできるようにしておく。
細身と筋骨隆々は一息吐――。
「はあ……はあ……はあ……」
「ふう……ふう……ふう……」
息も絶え絶えとまではいかないが、それに近い状態だ。
思いっきり肩を揺らして息を吐いている。
「え? そんな疲れてどうした?」
「お前が……ずっと……魔法を……放ち続け……」
「この歳で……ここまで……辛い……」
「いやいや、お前ら『暗黒騎士団』なんだから頑張れよ。ファイなら余裕でピンピンしているぞ。寧ろ、この程度でとめると逆に怒るくらいだ」
「あいつと……一緒に……しないで、いただきたい……」
「そうだ……あいつと……は、違う」
筋骨隆々が言い切った瞬間、細身と合わせて同時に動く。
左右に散って、回り込むようにして俺に迫る。
細身と筋骨隆々に息が乱れた様子はない。
……疲労したように見せていた……つまり、演技か!
「はあ……前回の奇襲といい、今回は騙しといい、まともに戦えないのか? お前たちは」
火炎球連続発射開始。
「「お前が言うなっ!」」
そこだけはしっかりと耳に届いたが、それ以上は聞こえない。
迫ろうとしていた細身と筋骨隆々に向けて、先ほどと同じく十数の火炎球が放たれ続けたからだ。
再び火炎球への対応によって、細身と筋骨隆々は俺に迫ることができなくなった。
聞こえないとは思うが、細身と筋骨隆々に向けて一応言っておく。
「いやいや、これが卑怯だとでも言うつもりか? 俺は魔法使いらしく、魔法で戦っているだけなんだがな」
「――っ!」
「――っ!」
聞こえているかはわからないが返答らしきモノはあった。
まあ、先ほどと変わらず聞こえなかったが。
そうして、そのまま火炎球を放ち続け――先に折れたのは細身。
多分、体力の問題だろう。
双剣を振るう鋭さが目に見えて落ち、火炎球をすべて斬り飛ばすことができなくなり、一発を受けてから次第に次々と受け――最後はすべてを一度に受け、その衝撃で黒い鎧が砕けて倒れる。
死んでいるかどうかはわからないが、少なくとも髪はすべて丸焦げていた。
筋骨隆々の方も頑張りはしたが、細身が倒れてからそれほど時間がかからずに、同じ結末を辿る。
こっちも似たような状態で、髪も同じく丸焦げ。
ただ、気になることが一つ。
火炎球を放ち続けたことで、室内に多少影響が出ている。
細身と筋骨隆々としっかりと全部受けてくれないから、外した分が至るところに当たって壁が壊れ焦げていたり、床が抜け焦げているのだ。
そんな光景が室内の三分の一くらい広がっている。
これは、大丈夫だろうか? と恐る恐るセカンを見る。
セカン率いる反乱軍の精鋭たちはリミタリー帝国軍を圧倒していて、セカンは壊れ焦げ、抜け焦げている部分を確認する余裕があった。
「………………」
セカンは問題ないと頷く。
怒られずに済んだとホッと安堵した。
でも、これで戦いは終わりではないし、まだまだ続し、エラルとワンドが相手なら、魔力全解放もあり得る。
……帝城。残るだろうか。
いや、完全になくならなければ大丈夫……なはず。
セカンに聞くとやめろと怒られそうだから、胸に秘めていよう。




