失敗してでもやるべき時は今……じゃない
セプテ砦は陥落した。
ところどころで戦闘があったことを示す黒煙が立ち昇っているが、真っ白な白旗が掲げられているので、まず間違いない。
戦闘も既に終わり、どこでも戦いは起こっていない。
いや、これはいい教訓だろう。
準備を怠ることなかれ。空から何が降ってくるのかわからないのだから、空も警戒しておかないといけないのだ。
うんうん、と頷いていると、「新緑の大樹」のリューンさんが半眼で俺を見てくる。
「いや、その空の警戒に使っていた竜騎士の飛竜を従えたのはお前だからな」
「様々な可能性を考慮して準備しておけ、ということだ」
「竜騎士がやられるかもしれないとは考えても、普通はそっくりそのまま寝返るとは考えられないだろ。それに、だ。落とすモノが凶悪過ぎる。誰も抵抗というか、対抗できないだろ」
「最大戦力で一気に落とす。基本だと思うが?」
「だからってあれは……それに、そもそも最大戦力なら、お前も行ってないとおかしいだろ? 凄腕魔法使いなのは間違いないんだし」
そう。俺はセプテ砦に投下されていない。
飛竜たちにゼブライエン辺境伯とシュライク男爵、それと精鋭部隊をセプテ砦の中に安全に落としてきて欲しいとお願いしただけ。
何故なら――。
「俺が行った場合、まず間違いなく魔法操作をミスって火の海……いや、セプテ砦ごと燃やし尽くしてしまうかもしれない。そうなると、俺はセプテ砦内で魔法を放った訳だし、炎の中に取り残されて焼け焦げると思うんだが、どう思う?」
「いや、焼け焦げる前に水属性魔法とかで消火しろよ」
今は火属性魔法しか使えないから無理だな。
いや、生活魔法なら属性の括りがないし、魔力のある今なら使えるかもしれないから、それで純粋に水だけを生成して……いや、でも駄目だ。
生活魔法はその名の通り、生活に密接している小規模魔法。
さすがに、生活魔法で、戦闘魔法で起こる大規模を消火するのは現実的ではな……いや、いけるか?
魔力消費を気にせずガンガン使えば、あるいは……いや、それでも無理だな。
多分だけど、今の全魔力を使用しても消火し切れない。
「やっぱり無理」
「まあ、そもそもあの砦を燃やし尽くせる時点で、俺からすれば無理な話だけどな」
陥落したセプテ砦を見ながら、そんな会話をした。
そんなセプテ砦に一泊。
ここを越えれば、もう王都は直ぐそこと言ってもいい。
そして、王都の近くにはとある公爵家の領土がある。
――スリーレル公爵家。
俺が仕えていた公爵家であり、母さんがメイドとして勤める本邸がここの領都にある。
主目的を果たす場所だ。
だから、「新緑の大樹」の面々とセプテ砦内の一室で休んでいる時に、テレイルがリノファとゼブライエン辺境伯、シュライク男爵を伴って現れ、確認してくる。
「次は約束通りスリーレル公爵領に向かうけれど、何か気を付けておいた方がいいことはある?」
少し考え……答える。
「いや、特には。というか、別に寄らなくてもいいぞ。ここから王都に向かうには、少しだけど寄り道だしな」
「え?」
「あっ、いや、反乱軍としては、な。俺は行くけど、多分というかもう確信だけど、『新緑の大樹』とあと数人居れば大丈夫だ」
「いや、相手は公爵家なのだから、戦力も充実している。いくらアルムが凄腕の魔法使いだとしても、そんな10にも届くかどうかの数では」
まあ、普通はそう思うよな。
「新緑の大樹」も、そうそうと頷いている。
でも、俺からするとそれでまったく問題はない。
スリーレル公爵家の当主と跡継ぎが、どんな性格なのかを知っている俺としては。
だから、そのことを説明する。
「まず、当主と跡継ぎはそもそも領内に居ない。もしくは、居なくなる」
「居ない? 居なくなる? なら、どこに居る?」
俺が断言するように言うと、ゼブライエン辺境伯が声を荒げる。
多分、この状況で領主が領地を見捨てるのが信じられないのだろう。
でも、それがスリーレル公爵家なのだ。
「王都。有用スキル持ちだけを連れて、『我が領内よりも国の中心である王都、ひいては国の象徴である王城と、至上の血統である王家こそ、守らねばならぬため、有用スキル持ちと共に馳せ参じました』とか言って、王家の近くに居るかな」
「なんだそれは! 領民を見捨てるということだぞ!」
「それでは我が身可愛さの逃亡ではないか!」
ゼブライエン辺境伯とシュライク男爵が怒りを露わにする。
でも、それがスリーレル公爵家である。
「何しろ、国軍の本軍に騎士団に三特殊部隊と、王都は戦力が集中しているから、自領の戦力よりも遥かに上だと、留まるよりも安全なのは王都だと判断する」
そんな馬鹿な、と言いたげなテレイル。
なら、もう一つ。
「スリーレル公爵領が王都に近いのも関係している。近いということは、反乱軍からすればそれだけで警戒するだろ?」
「もちろん。放置して王都に攻め入り、うしろから襲われては堪らない。使者や牽制は出すが、場合によっては先に公爵領を攻め入る……待て。その予定があるということか?」
「さあ。でも、あるかどうかは関係ない。こっちがそう考えて攻めてくるのが怖いから、安全だと思うところに逃げただけ」
だから、そんなに人数は要らない。




