サイド リミタリー帝国 3
魔道具研究所の町・マアラから帝都に向けて反乱軍が進み出してから、さらに日数が経った。
リミタリー帝国。帝都・エンペリアルリミタール。
その中心にある帝城。その一室。
そこは皇族が利用している部屋ではない。だが、入室できる者は限られていた。
理由は一つ。
「暗黒騎士団」団長・ワンドの執務室だからである。
その室内は騎士団長という役職を示すように武骨、あるいは質素や素朴――といったモノではなく、寧ろその逆で派手なモノで、一応、執務室という体裁は整えられているのだが、そのどれもが一目でわかる高級品で揃えられ、高級な酒類やつまみも部屋の中に用意されていた。
また、騎士団長ということで鎧や剣といったモノも置かれてはいるが、それは実用的なモノではなく装飾的な意味合いが強い――いや、その意味しかないものである。
その執務室で、ワンドは椅子に深く座って、高級な執務机を挟んで立っている者たちから報告を受けていた。
報告を行っているのは、クフォラ。
その内容は、魔道具研究所の町・マアラでの出来事と、そこから帝都まで退いた間のこと。
「――という訳です。求められていた魔力量を超える者は、全員ここまで連れてきています」
クフォラがそう締めくくる。
報告を聞き終えたワンドは目を閉じて、執務机を指先で軽く叩き出す。
抜けがないかと、自身の中で反芻しているのだ。
少しして、ワンドが口を開く。
「まあ、アレを起動できるだけの必要最低限は確保できたか。だが、ギリギリでは運用に支障が出るかもしれないな。クフォラ。お前にも少しは協力してもらうことになるだろう。一応、これはマアラを守れなかった責任を取るという意味もある。いいな?」
「はい。かしこまりました。ですが、アレは一度壊されていますが、もう修理は終わったのですか?」
「問題ない。元周辺国軍――いや、今は反乱軍だったか。反乱軍がここに来るまでの間に修理は終わる……いや、魔道具師たちが終わらせる。エラル前皇帝の命令だからな」
「それなら魔道具師たちは励み、確実に終わらせるでしょう。マアラから連れてきた魔道具師たちも居るでしょうし」
納得しました、と頷くクフォラ。
そのまま気付く。
「アレを使うということは、反乱軍をここまで招くのですか?」
「ああ。そうなる。まあ、アレの射程はまだリミタリー帝国全土とまではいかないし、最大威力を発揮するのなら近場が一番だからな。こればかりは仕方ない部分だ」
「なるほど。帝都に入る前に、いつも以上に兵の姿を見かけましたが、あれはそのための準備ですか。既に集めて準備していると」
「そういうことだ。既に命令は出し、帝国内のリミタリー帝国軍兵士を集めている。侵攻中の反乱軍は驚いているだろうな。ほぼ何の抵抗もなく帝都まで進めているのだから」
そう言って、ワンドは鼻で笑う。
「ふんっ。愚かな反乱軍よ。お前たちが帝都まで来た時、知ることになるのだ。ここが死地となるということを」
それが、その光景が――ワンドの脳裏に思い描かれ、たまらないと愉悦の表情が浮かぶ……が、それは直ぐに引っ込む。
ワンドにとって、反乱軍はその程度でしかない――既にリミタリー帝国に敗北することが決まっているのである。
だからこそ、直ぐ気にしなくなったのだ。
いや、ワンドには反乱軍以上に気になることがあった。
「それで、ファイとエルが裏切った、と?」
「はい。エルはまあ予想通りでしたが、ファイまでというのは想定外でした。それがなければ、アンル殿下を奪われることもなかったのですが……」
「アンル殿下のことは気にしなくていい。こちらからすれば魔力量が豊富な道具としてしか価値のない者だ。居なくなったとしても……まあ、痛手とまではいかない。もったいない、と感じる程度だ。それに、反乱軍の旗頭として動くのなら、その反乱軍ごと葬ればいいだけ。これはラトール皇帝も『子であろうとも歯向かうのであれば仕方ない』と認めている」
だから重要ではない、とワンドは口にした。
気にしているのはそれとは別のことである、とわかったクフォラが尋ねる。
「わかりました。では、ファイとエルのことですか?」
「問題か? あいつらが。確かにファイの方の裏切りは想定外であったが、だからといってそれでどうにかなると?」
「……いえ、問題はありませんね。精々が、『暗黒騎士団』だったということで私たちが責任を以って――という手間が発生するくらいでしょうか」
「その通りだ。だから、今この私が問題としているのは……会ったのだろう? あの者と」
ワンドの目付きが鋭くなる。
ハッキリとした敵意が、その目には宿っていた。
いや、圧力もワンドから漏れ出ている。
少しだけ気圧されつつも、クフォラの脳裏を過ぎるのは、対峙し、少しだがやり合った相手――アルム。
「え、ええ。少しだけやり合いました。倒そうと思ったのですが、中々の魔法使いだったようで、倒す前に時間が来てしまい、倒しきれませんでした」
「構わないよ。ここまで来るのなら、反乱軍と纏めて殺すだけだ」
「それはもちろんです。しかし、あの者は恐らく魔道具ですが空を移動することができます。当人の魔法の腕前もありますし、もし空から襲撃されれば、こちらはまだ空を自由に動ける魔道具はありませんし、相当な被害を受ける可能性があります。特に、アレが再び壊されることにもなりかねません」
「心配は要らない。そいつがあいつの復讐をするというのなら、その性格もある程度推測できる。なら、協力している反乱軍を見捨てられないだろう。そうなるように、アレの的にすればいいだけだ。それで終わりだ。そいつも、反乱軍も」
そう口にするワンドは醜悪そのものといった笑みを浮かべた。




