偶に忘れるというか、漏れる時もある
クフォラの隣に黒い鎧を身に付けた男性が突然現れた。
その男性を見る。
黒の長髪をうしろで一つに纏め、金色の目の非常に端正な顔立ちの、二十代半ばくらいの男性。
黒い鎧を身に付けているのでハッキリとはわからないが、細身……だと思う。
そんな男性がいつの間にか現れたが、黒い鎧を身に付けているので「暗黒騎士団」の一人であることは間違いないし、何よりクフォラの下に――俺から守るように立っているので、敵である、と判断するべきだろう。
それと、飛来したモノも何かわかった。
――剣。立派な装飾が施された長剣が、俺とクフォラの魔法がぶつかり合っていたところの地面に突き刺さっている。
あれが魔法を……と見ていると、長剣が新たに現れた男性の下へ勝手に飛んでいく。
そういう魔道具、だろうか。
「……何故、邪魔をするのですか?」
クフォラが男性に問う。
長剣を手に持ち、男性は淡々と口を開く。
「もうここでやるべき任務は終わった。ワンド団長からの任務を放棄する、と?」
「……わかりました。いいでしょう。ここは退いてあげます」
クフォラが男性と共に去ろうとする。
「は? いや、ちょ」
何をいきなり、と前に踏み出そうとして――その横を駆けていく者が居た。
ファイだ。
「ははははは! ここでお前に会えるとはな! 『アスリー』! このまま去るなんてつまらないことをするなよ! せっかくだから俺と戦っていけ!」
一瞬だったので確かなことは言えないが、ファイはこれまで見た中で一番の喜色満面に見えた。
つまり、あの男性はそれだけ強い相手――ということか。
ファイは男性に襲いかかって猛攻を繰り広げる……が、男性はそれを長剣で難なく防いでいく。
「……本当に裏切ったか。ファイ。少し残念だ。あなたとの模擬戦はそれなりに面白かったのに」
「言ってくれるなあ! だが、模擬戦じゃあ味わえない……命を懸けた戦いができるんだ! そんな戦い、一度しかないんだ! それを楽しもうじゃねえか!」
ファイの猛攻はとまらない。
男性の方もファイはあしらうのは難しいのか、去ろうとした足をとめて戦い始める。
驚くべきことに、押しているのは男性の方。
ファイの猛攻をすべて捌いて男性は無傷なのに対して、猛攻の中にある瞬間的な隙を突いて男性は長剣を振るい、ファイに傷を与えていく。
「あれは、まさか! 何故このような場所居るのですか! 帝都から出てくるとは一体、何が目的で……」
驚きの声が近くで聞こえる。
視線を向ければエルが側に来ていて、セカンとトゥルマも来ていた。
無事に、特に怪我もなく、バトルドールを倒したようだ。
……バトルドール、持って帰りたいけどいいか? できるだけ無事なの、ある? ……違う。そうじゃない。そうだけど、あとで持って帰っていいか尋ねるし、交渉もするつもりではあるけど、今聞くべきは別のこと。
「あれは誰だ?」
知っているのは確定なのでエルに尋ねると、エルはファイと男性の戦いから目を逸らさずに口を開く。
「……『アスリー』。見てわかる通り『暗黒騎士団』の一人ですが、その中でどういった立ち位置であるかを簡単に言えば、『暗黒騎士団』の中で最強とされている存在です」
「最強、なのか?」
「あくまで『暗黒騎士団』の中で、ですが。噂では、『人類最強』に対抗できるだけの力を有している、とも」
「『人類最強』? なんだそれ……というか、『暗黒騎士団』の最強はワンドではないのか?」
「ワンド団長は随分と歳を重ねていますからね。アスリーが『暗黒騎士団』で最強なのは、ワンド団長も認めています」
なるほど。でも、納得もできる。
ファイがやられながらも楽しそうにしているのは、そういうことか、と。
だが、このまま見続ける訳にはいかない。
邪魔するとファイが怒りそうだが、まだ倒れてもらう訳にはいかないのだ。
俺は魔法による援護をしようとしたが、それよりも先に相手が動く。
「やれやれ。そんなことをしている暇はないでしょうに。『黄覆 集いて頑強 密接して強固 すべてを断ち塞ぎ一切の侵入を防ぐ 土壁』」
クフォラがファイと男性の間に土壁を出現させる。
ファイはその土壁を乗り越えようとするが――。
「どうせ、あなた方は帝都まで来るのでしょう? なら、決着はそこで着けましょうか」
クフォラのそんな声が聞こえると同時に土壁は消え、ついでにクフォラと男性の姿も消えていた。
「くそっ。これからだってのに」
ファイが不満げにそう言う。
いや、あのままだとやられていたと思うのだが……まあ、ファイにとっては、そういうことではないのだろう。
それに、この場のリミタリー帝国側の最高戦力は居なくなったのだから、これからこちらが有利になるだろう。
とりあえず、今この場はまだ敵陣の中だ。
まずはアンル殿下とネラル殿下のところに戻ろう。
俺がそう提案すると、セカン、トゥルマ、エルは賛成してくれるが、ファイは反対。その理由は――。
「なんつーか不完全燃焼でむしゃくしゃするから発散してくる」
そう言ってリミタリー帝国軍の中に突っ込んでいった。
槍に払われて敵がぽんぽんと飛んでいく。
少し荒れているようだ。
「……はあ。万が一はないと思いますが、一応付き添っておきます」
そう言って、エルがファイのあとを追う。
……あれ、もしかしてこのまま突っ切って戻るつもりなのだろうか?
まあ、ファイとエルなら大丈夫だろう。
俺は竜杖に跨り、セカンとトゥルマに竜杖に掴まってもらい……あっ。
「忘れていた。あのバトルドール、俺がもらっていいか?」
お土産の用意を忘れるところだった。




