狙った効果を発揮しないことだってある
アンル殿下を連れて逃走を始めた金髪の男性のあとを俺も追っていく。
どこに向かっているのかはわからないが、今それを気にする余裕はない。
今気にするべきは、後方――。
「『赤熱 灼熱の身を以って すべてを食らい尽くす 這い寄る巨体 炎蛇』」
こちらを追ってくる紫髪の女性が魔法を放つ。
ロッドの先から炎で形成された巨大な蛇が現れ、こちらに向けて這い寄ってくる。
「『青流 流体が集いて 天まで噴き上がり すべてを飲み込み弾く 水壁』」
通路一杯の水の壁を出現させて、炎の蛇を防ぐ。
水の壁と炎の蛇が衝突して、爆発したかのように水蒸気の白い煙が広がる。
しめた。このままこの煙の中で姿を眩ませてしまえば、紫髪の女性がこちらを見失うかもしれない。
………………。
………………。
あれ? アンル殿下と金髪の男性はどこだ?
………………しまった! これでは俺も見えない!
とりあえず、通路のままに進んでいく。
………………暫くして、白い煙が晴れたというか、その範囲から抜け出すことができた。
先に視線を向ければ、アンル殿下と金髪の男性の駈けていく背が見える。
ほっ、と安堵。
曲がったり、分かれ道はなかったようだ……ん? ということは?
「待て! こらあ!」
後方の白い煙の中から、紫髪の女性が飛び出してくる。
そうだよな。一直線だった訳だし、姿を眩ませることも、こちらを見失うこともないよな。
ただ、その形相が先ほどよりも怖いと感じるのは、きっと俺だけではないはず。
また、一度の魔法で諦めるつもりはないと、次の魔法を放ってきたので、同じように俺も魔法を放って防ぐ。
紫髪の女性との魔法合戦を行いながら、アンル殿下と金髪の男性のあとを追う。
どこをどう進んでいっているのかはわからないが、ほどなくして通路の先に光が見える。
その光の中へと飛び込むと、そこは外だった。
地下から外へ出たのはいい。それは問題ない。まったく問題ない。いつまでも地下に居たいとは思わないし、たとえ僅かな間であったとしても、こうして再び陽の光を浴びることができたのは本当に嬉しい。太陽も心なしか嬉しそうに出迎えてくれている気がする。いつもより陽の光が優しい気がするし。
ただ、建物の外に出た俺たちを出迎えてくれたのは、太陽だけではない。
「……え?」
「「「……え?」」」
大勢の兵士が居た。
周囲の様子から察するに、ここは訓練場とかそういう場のようで、兵士たちはその最中。
しかも本格的というか、実戦的というか、武装している。
武装しているのが揃いの一式だったので、傭兵ではなく兵士だと判断できた。
突然現れた俺たちに驚いているためか、直ぐに動くようなことはない。
いや、金髪の男性がリミタリー帝国を裏切ったらしいが、それを兵士たちはまだ知らないだけだ。
つまり、金髪の男性は未だ「暗黒騎士団」のままなのだ。
そう勘違いしている間に駆け抜けてしまえばいい。
ただ、一言文句は言っておく。
「お前! こんなところに出るなんてどういうつもりだ!」
「仕方ないんだ! 入った通路はここに直結している! まあ、訓練中だったのは想定外だったが!」
金髪の男性がそう答えてくる。
どうやら初手からわかっていたようだ。
なら、言えよ。
まあ、俺は紫髪の女性との間の魔法合戦で忙しかったが。
……はっ! 紫髪の女性!
「その者たちはリミタリー帝国と敵対する者たちです! エルは『暗黒騎士団』でありながら反旗を翻しました! 逃がしてはなりません! 囲み! 捕らえなさい! 最悪、アンル殿下以外は殺してしまっても構いませんよ!」
紫髪の女性の声に反応して兵士たちが動き出そうとする。
そうはさせるか。
「騙されるな! 裏切ったのはあいつの方だ! あいつはアンル殿下を殺そうとした! それをとめた俺たちを追って来ている!」
俺の言葉に動揺と混乱が兵士たちの中に広がっていく。
「なっ! よりによって私のせいにしようなどと! 決めました! 殺します! あなたは絶対殺します!」
紫髪の女性から向けられる俺への殺意が強くなった。
普通に怖い。
ただ、ここで負けてはいけない。
アンル殿下と金髪の男性がもう少しでこの場から出られそうなのだ。
だから、追い打ち。
「皆さん! 見てください! ほら、この本物の殺意! 俺の言葉が正しい証拠だから!」
まあ、見る人が見れば、アンル殿下ではなく俺に向けているってわかるんだけどな。
でも、それ以上に紫髪の女性の迫力が強い――はず。
それに、時間稼ぎは僅かで充分。
アンル殿下と金髪の男性が逃げきれれば、俺の方は竜杖に乗って空に行けばいい。
アブさんも既に上空でこちらの様子を窺って………………あれ? もしかして、アンル殿下と金髪の男性に竜杖に掴まってもらって、そのまま空に行けば――。
「『暗黒騎士団』・クフォラの名において命じます! その者たちを捕らえなさい!」
紫髪の女性の声が周囲に響く。
その効果は劇的であり、兵士たちは紫髪の女性の命令通りに動き、こちらを捕らえようと囲んでくる。
アンル殿下と金髪の男性がもう少しで出られそうだったのだが、行く手を遮られてしまう。
金髪の男性だけであればそのまま強行突破していたかもしれないが、今はアンル殿下に万が一はあってはいけないと考えたのか、足をとめ、囲んでくる兵士たちを牽制するように短剣を構える。
そこに俺が合流して、同じく兵士たちを牽制するように竜杖を構えた。
「……誰だか知りませんが、あなたがきちんと対処してくれていれば逃げ出せたのですが。詰めが甘いですよ」
「お前っ! この状況を俺のせいにするつもりか!」
「他に誰のせいだと?」
「お前だ。お前」
俺とアブさんだけだったなら、こうはならなかったに違いない。多分。
兵士たちが俺たちを囲む。
囲みには一か所穴が開いているが、そこに紫髪の女性が入って完成。
「フフフ……さあ、どういたぶってあげましょうか」
紫髪の女性が嗜虐的な笑みを浮かべる。




