だからといって、何も思わない訳がない
ファイが喜々としている。
そんなに俺と戦いたいのだろうか?
正直、大したことないとは言わないが、少なくとも俺とファイでは得意としていることが違う。
俺は魔法。ファイは槍。
ほら。まったく違う。
それに、だ。俺が魔法を得意としているといっても、それは今のところ超広範囲殲滅系だ。
出力調整。まだ上手くないんで。
つまり、ここで迂闊に使えば、救出しに来た対象であるアンル殿下を巻き添えに葬ることになるかもしれない。
それが不味い事態ということは、俺にだってわかる。
なので、俺が取る手段としては放出系魔法ではなく身体強化魔法でどうにかするしかない……が、無理だろ、これ。
相手が有利というよりは、俺が不利過ぎる。
「ちょっ! 今のは危なかったぞ! 殺す気か!」
ファイが槍を連続で突いてきて、身体強化魔法で上がった身体能力を駆使してどうにか回避する。
ただ、その狙われた場所というのが頭部と心臓部。
どちらも急所。即死。必殺。
まあ、心臓部はドラゴンローブで防げる……と思うけど、さすがに頭部は無理だ。
「どこを狙ってやがる! 殺す気か!」
「え? 何かおかしかったか?」
ファイが不思議そうに言う。
「なんでも命を取り合うのが当然のような顔をするな!」
もっと命を大事にしよう。
「俺はいつでも本気だからな!」
そういう問題ではない。
ただ、本当にファイの相手はきつい。
さすがは「暗黒騎士団」というのもあるだろう。
繰り出されるファイの槍をどうにか捌きつつ、口を開く。
「まあ、身体強化魔法を使用している俺が言うのもなんだが、お前ら『暗黒騎士団』も大概だよな! お前のは……速度だけじゃない。全体的な強化か?」
ファイが身に付けている黒い鎧に視線を向けてそう言うと、ファイは不敵な笑みを浮かべる。
さすがに動きをとめることはしないようだが、それでも会話には付き合うつもりのようだ。
「なんだ、知っているのか? これが、魔道具の鎧だと」
そう。「暗黒騎士団」が揃って身に付けている黒い鎧は、何も自分たちがどういう存在、所属であるかを示しているだけではない。
もちろん、防具としても優秀だと思われるが、それよりも高い有用性は、黒い鎧が魔道具であるということだ。
黒い鎧のすべてが共通している訳ではなく、装備者の特性に合わせて、そこを伸ばすような強化が施されている。
見た目は同じでも中身はどれも違うのだ。
もちろん、「暗黒騎士団」以外にも、同じような魔道具の防具を装備している者も居るが、その中でも「暗黒騎士団」が身に付ける黒い鎧がもっとも性能が高いのである。
ただ、そういう魔道具はそもそも用意するのに必要な金額が非常に高く、その上使用する素材類もそう簡単に手に入るモノばかりではないため、数自体はそれほど多くはない。
だからこそ、「暗黒騎士団」はリミタリー帝国における強大な力を持ち、恐れられていると言ってもいい存在なのだ。
「まあ、公然の秘密みたいなモノだが、それはリミタリー帝国内において、だ。お前、リミタリー帝国出身なのか?」
「いいや、違う……が、そこら辺――特に『暗黒騎士団』関係には伝手がない訳ではないからな」
「『エル』と通じていたのか?」
「エル?」
「さっきまで居たヤツだよ。まあ、今は奥に行っているが」
……ああ、あの金髪の男性のことか。
「なんだ、違うのか? なら……ああ、お前が助け出した中にセカンが居たな。そっちか」
いや、セカンでもなく、俺の「暗黒騎士団」関係の情報は、闇のアンクさんの記憶からなんだが……まあ、そこら辺をわざわざ言う必要はない。
とりあえず、今は目の前のファイをどうにかするのが優先だ。
会話を試みてはみたが、やはり何かしらの決着が着ける必要がある気がする。
それに、あまり時間をかけられないのも事実。
奥がどうなっているのかわからないからだ。
なので、ここは多少無理してでも、一気に決めることにした。
瞬間的に身体強化魔法の出力を上げて、ファイに向けて攻撃を仕掛ける。
体が悲鳴を上げているが今は無視して、竜杖を全力で払う。
これでファイが吹き飛び、ついでに黒い鎧が砕ければいいな――と思っていたが、ファイはこれまでで一番の笑みを浮かべ、俺の竜杖による払いを避ける。
――ただ、俺も避けると思っていた。
だから、払い切るのではなく途中で無理矢理とめて、体を引き、避けた直後のファイに向けて竜杖を突く――が、まあ、なんだ。結局のところ、俺の竜杖の扱いは所詮素人というか、杖術の練習はしているがそこまで様になっている訳ではない。
結局のところ、俺は魔法使いなのだ。
ファイは俺の突いた竜杖を避け、その側面を辿るように体を回転させながら俺に近付き、俺に背中を見せる。
無防備? と思った瞬間、俺に痛みはないが衝撃を腹部に受けて吹き飛ぶ。
微かに見えた視界には、ファイが腕と体の間から出した槍の石突き部分で俺を吹き飛ばしたのがわかった。
壁に当たるまで吹き飛び、痛みがあるかどうかを確認する前に視界を前に向けるが、そんな視界に飛び込んできたのは槍の穂先。
ファイが突き付けていた。
「俺の勝ちだな」
笑みを浮かべるファイ。
……俺は息を吐く。
「……俺の負けだ」
「まっ、お前は魔法使いのようだし、さすがに近接で負ける訳にはいかないからな」
嬉しそうに、ファイがそう言う。
くそっ。確かにそうだが……なんか悔しい。
そう思いながら立ち上がると、奥に続く通路からこちらに駆け込んでくる足音が聞こえてきた。




