美しい軌跡は目で追うことしかできない
アンル殿下が居る部屋の前にある大きな部屋で、「暗黒騎士団」同士が対峙していた。
何があったのかわからない? とアブさんと顔を見合わせ、そのまま様子を見てみることにする。
「何か申し開きはありますか? 一応、聞いてあげますよ。聞くだけですが」
ロッド持ちの紫髪の女性が、両手短剣持ちの金髪の男性にそう問いかけた。
ファイは暇そうに欠伸をしていて、二人と違って真剣さが足りない。
なんというか、どうでも良さそう。
「……なんだよ。こんな問答なんかせず、さっさとやってしまおうぜ。どうせ、そうなるんだからよ」
寧ろ、さっさと戦おうぜ、と言う始末。
本当にこればっかりだな、ファイは。
そういえば、戦闘欲がどうとか言っていたな……うわっ。面倒くさい。
この場に俺が姿を現わすと、まず間違いなく絡まれる。面倒な感じで絡まれる。それは間違いない。
どうにかやり過ごしたいが、「暗黒騎士団」の三人はこの場から動こうとはしない。
ファイ。どうでもいいと思っているのなら、さっさとどこかに行け。
……まあ、どうでもいいと思っているのは問答の方であって、戦う気は満々だろうからどこにも行かないだろうな。
そういう、ここで戦いが始まりそうな――みたいな嗅覚はすごそうだし。
それに、ファイだけ居なくなっても、まだ二人も居るのだ。
……邪魔はしないので、どこか別のところでやってくれない?
「……申し開きも何も、何を問われているのかさっぱりですね。この場の状況のことですか? それでしたら、私も今ここに来たばかりでして、兵士たちが倒れているのが見えたので、こうして武器を手に持っているだけなのですが?」
金髪の男性が困ったものだと肩をすくめながら、紫髪の女性に向けてそう口にする。
ただ、そう言うのなら、もう武器を手に持ち続ける必要はないのだが……手放そうとはしない。
どことなく剣呑な雰囲気が流れ始める。
……あの、奥の部屋に行きたいので通してくれませんか? と言えばワンチャン……いや、さすがに無理か。無理だな。
やはり、姿を現わした時点でファイが自動的に襲いかかってくることが確定しているのが問題だ。
というか、今更ながら思うのだが、もし金髪の男性がこの状況――見張りの兵士たちを倒したのなら、どうしてそのようなことを? その理由は?
………………アンル殿下を助けようとした? つまり、実は反乱軍?
いや、反乱軍かどうかを判断するのはまだ早いか。
ただ、アンル殿下を助けるつもりなのなら……敵の敵は味方、的な? 対応は取れるかもしれない。
アブさんと顔を合わせて意思疎通。
……多分、同意見。
もう少し様子を見てみ……え? 何? 骨伝導で伝わっただろ、と?
………………そういうことにしておいた。
無のグラノさんたちと過ごしたことでなんとなくわかるようになった、とは言わないでおく。
なので、この場から不意打ちで魔法を放つのは、まだ早い。
それに、その手段だと、そのまま奥の部屋に居るアンル殿下もやってしまう可能性があるし。
「あくまで、自分は無関係であると?」
「もちろん。というより、これは賊が入った証拠なのは間違いありません。まずは警戒をさらに強めるようにと報告と賊探しを行うべきではありませんか? ああ、それと、アンル殿下が居るというのならその安否も」
紫髪の女性からの問いに、金髪の男性はそう答える。
しかし、紫髪の女性は動こうとしない。
「そうして、私たちに賊探しをさせて、その隙にアンル殿下を外に連れ出すという算段ですか?」
「……」
金髪の男性は答えない。
それで通るとは思っていなかったのか、短剣の握りを確かめる。
合わせて、戦闘が始まりそうな雰囲気を感じ取ってか、ファイが嬉しそうに槍を構えた。
「そういう戯言は、捕らえたあとに聞きましょう。背後関係やどこまで情報を漏らしているのかも含めて、ね」
紫髪の女性がそう言い切るのと同時にファイが飛び出す。
ファイが振るう槍を短剣で受けとめて、金髪の男性はそのまま戦闘を始める。
押しているのは、ファイ。
やはり武器のリーチ差はきついようだ。
いくら広い部屋とはいえ、動ける範囲に制限がかかっているのも影響しているかもしれない。
このまま戦闘が続けば、ファイが金髪の男性を倒すだろう。
ただ、紫髪の女性はそれを待つ気はないのか、ファイとやり合っている金髪の男性に向けて、魔法を唱えようとロッドを構える。
このまま見ているだけではマズい気がした。
とりあえず、金髪の男性は味方だと判断。
行動に移す。
金髪の男性にはそのままファイとやり合ってもらって、俺は紫髪の女性の方だ。
魔法行使の邪魔をしようと駆け出した――瞬間、ガッ! と足が何かにぶつかって前のめりに倒れそうになる。
視界を下に向ければ、見張りの兵士の一人が倒れていて、それに足を取られたようだ。
なるほど。足下をまったく見ていなかった。
そのまま前のめりに倒れる――と同時に、衝撃で竜杖を放り投げてしまう。
しまった! と思いつつそのあとを視線で追うと、竜杖はくるくると回りながら放物線を描いて紫髪の女性の下へ。
紫髪の女性は魔法に集中しているのか気付いていない。
竜杖はそんな紫髪の女性の頭部に当たる。
見た目的には竜杖の装飾の竜の部分が当たったので、どことなく噛み付いたように見えなくもない。
ただ、聞こえてきた音は、ゴッ! と鈍器で叩いたような鈍い音。
紫髪の女性はロッドを構えたまま、前のめりに倒れた。
……良し。狙い通り。そういうことにしておいた。




