こういうことだってある
アンル殿下の居場所がわかったため、即座に動き出す。
といっても、俺は必要な物は全部マジックバッグに入っているので特にこれといって動き出すようなことはない。
セカンたち、トゥルマたちが動き出したのだ。
暗殺集団も協力するということで話はまとまっていて、同行する。
そして、出発に向けての準備が始まった。
ネラル殿下は、この元王都・オジナルを現在治めている領主に話をしに行く。
そういえば、ここは元王都。治めているのは元の国の王族……というのはさすがになく、仕えていた人だそうで、もちろん反乱軍側。
元王族も生きている人は、反乱軍に協力しているらしい。
ネラル殿下が領主に会いに行った理由は、俺たちはこのままアンル殿下が居る魔道具研究所の町に向かうので、反乱軍の方に連絡をお願いするそうだ。
動く時がきた、と。
そういえば、そのまま帝都まで攻め上がると言っていた。
俺たちは魔道具研究所の町に攻め込むことになると思うが、終わればそのまま帝都に向かい、そこで合流するための指示だろう。
なんというか、ここに来て初めてネラル殿下が殿下らしいことをしているのを見た気がした。
ネラル殿下の印象としては、俺のドラゴンローブを掴んでいる方が強いので仕方ない。
ただ、相対的にしっかりしているように、立派だと思えてしまう。
というのも、他がちょっと――いや、ある意味これも当然の流れか……。
―――
とあるお店の前。
そこに大勢が集まっている。
その理由は一つ。
「夜明け騎士団」と暗殺集団が、「輝く宝石」に勤める目当ての女性たちを相手にして、別れを惜しんでいるのだ。
泣いている者も居れば、泣くのを我慢している者。恐怖を押し込めて虚勢を張る者やこういう時だからこそ強気に接する者など様々だ。
「輝く宝石」の女性たちも、何やら察しているようでしっかりと受け答えしている。
………………もちろん。お店の従業員として。
「私は必ずそなたの下へと帰ってくる。その時、また見せて欲しい。そなたの輝くような笑みを」
「はい。いつでもお越しください。お待ちしております」
サファイアちゃんの受け答えに、セカンは満足そうに頷いている。
いや、それでいいのか、セカンよ。
……いいんだろうな。
確かにセカンはサファイアちゃんに心奪われているが、そこはきちんとお客として、だ。
やるべきことを見据え、落ち着きを取り戻したのである。
今のセカンの姿からは、そういう夜のお店の楽しみ方を心得ている――妙に色気のあるダンディ感が溢れ……いや、俺の気のせいってことにしておこう。
それに、セカンはまだマシ。
既に手遅れなのも居る。
「俺もついていくことになったんだけど……生きて帰れるかはわからない。だから、もし生きて戻ることができたら……結婚してください!」
「え? いや、その、大切なお客さまの一人として、無事にお戻りいただけることを願っています」
「うん。そういう建前はいいから。自分の心に正直になろ」
「いえいえ、線引きは大事ですから」
「そうだね。他のお客さまにはね。でも、俺にそういうのは必要ないから。大丈夫。いつも通りの、ありのままでいいんだよ」
暗殺集団の団長である。
普通に厄介な客になっていた。
調べに行って戻ってきた時はそういう素振りは見えなかったのだが……アレか? 抑圧されたことで逆に強く噴出するようになってしまったのだろうか?
「キミの輝きは闇に生きる俺を照らす輝きだ」
目元しか見えていないが、暗殺集団の団長がキメ顔を浮かべていると見てわかる。
「お前は……何を言い出すかと思えば……」
セカンが困り顔を浮かべ、サファイアちゃんにお願いする。
「済まないと思うし、客を一人減らすことになるかもしれないが、ハッキリと言ってやってもらえないだろうか? そのあとのことはこちらでどうにかするので」
「……わかりました」
そう言って、サファイアちゃんが両腕を上げ、顔の前で交差しながら下ろす。
両腕で一瞬隠れたあとに現れたサファイアちゃんの表情は、まるで鬼のように変わっていた。
「夜の店の女だからって簡単に落ちると思うなよ。調子に乗んな」
「………………」
暗殺集団の団長は、サファイアちゃんのあまりの変わりように固まってしまう。
セカンがそんな暗殺集団の団長の肩に手を回す。
「飲もう。今日は飲もう。付き合ってやる」
そう言って、セカンが暗殺集団の団長を引き摺るようにして、雑踏の中に消えていく。
今度は下から上へともう一度顔の前で両腕を交差して表情が戻ったサファイアちゃんは――。
「またのお越しをお待ちしております」
セカンと暗殺集団の団長に向けてそう言いながら一礼した。
………………。
………………。
うん。これで、これからのことに集中できるに違いない。
そのために必要だったのだ。
そう思うことにした。
おそらくだが、「華やかな花」のお店の前でも、同じようなことが行われているだろう。
行っているのは、もちろん「黎明の破壊騎士団」だ。
そちらは平和で終わっているといいな……と思った。
―――
そうして、元から反乱軍として直ぐ動けるようにと準備自体は終わっていたようで――翌日。
俺たちは元王都・オジナルから出発する。
セカンは大丈夫なのだが、暗殺集団の団長は悪い酒の飲み方をしたのか辛そうだった。




