間違えることなんてよくある
暗殺集団の団長が、アンル殿下がどこに捕らわれているかを調べてくれることになった。
ただし、条件付きで。
暗殺集団の団長は会議室の隅に行き、俺とセカンだけを呼ぶ。
俺とセカンが向かうと、まるで密談でもするかのようにガシッと肩を組まれて引き寄せられる。
いや、これは密談か。
「……条件はなんだ?」
俺が尋ねると、暗殺集団の団長は真剣な目を浮かべる。
まあ、そこしか見えないのだが。
「決まっている。情報が情報だけに、これは俺自身が出向かないといけない。部下には任せられないからな。ただ、そうなると問題が一つ……『華やかな花』だ」
「ああ、わかっている。懸念事項だ」
セカンが神妙な顔付きで即座に同意した。
……いや、いやいや、待て待て。話がわからない。
ブリリ……なんだって? 何かの作戦か?
わからないので聞いてみる。
「何それ?」
素直に口にすると、セカンと暗殺集団の団長からものすごい目力で見られる。
「「サファイアちゃんが勤めるお店『輝く宝石』のライバル店だ」」
………………。
………………。
正直知りたくなかった。
というか、俺は行ったことないし、そんなの知りようがない。
そもそも、サファイアちゃんという名前もお前たちから聞いて知った訳だし……だからという訳ではないが、何故知らない? みたいな目で俺を見るな。
「俺が調べに出ている間、負担をかけてしまうが……頼む」
俺のことは気にせず、暗殺集団の団長はセカンにそうお願いする。
いや、お前の暗殺対象、俺だったはずだが?
もう少し気にかけるべきじゃないのか?
「任せろ。お前が戻ってくるまで、『輝く宝石』は守り通してみせる。だからこそ、そちらは任せるぞ」
「ああ、任せろ……ふっ。お前はサファイアちゃんに関してはライバルだが、だからこそ、こういう時頼もしいことを知っている」
「それは、こちらも同じだ」
頷き、笑みを浮かべるセカンと暗殺集団の団長。
……おお、あの対立から始まっていた二人が今は――ではなく、だったら何故俺を呼んだ?
暗殺集団の団長が俺を見る。
「お前を呼んだのは念押しだ。……俺が出ている間にサファイアちゃんに近付いたら……マジデコロス」
冗談でもなんでもないのは、暗殺集団の団長の目が物語っている。
目に光がなくなり、すべてを飲み込むような真っ黒だ。
純粋な殺意だけが、そこにあることを許されている。
わかっている、と頷いておく。
「……しっかりと見張っていてくれ」
「そのつもりだ」
セカンが力強く頷き、そこで漸く安心したと、暗殺集団の団長の雰囲気が柔らかくなる。
いや、俺もわかっているって頷いたんだが?
―――
暗殺集団の団長がアンル殿下の捕らわれている場所の情報を探りに行った。
具体的な日数は定められていないが、少しばかり時間がかかるそうだ。
なので、もう少しここ――元王都・オジナルに滞在することになる。
俺やセカンたちだけではなく、行き違いになってはいけないとネラル殿下とトゥルマたちも。
元周辺国の戦力集めの方はいいのだろうか? と思うのだが既に戦力集めは終わり、今は編成の段階に入っており、指示はここからでもできるそうだ。
まあ、俺自身はそこに関わる気がないというか、一応目的に沿って協力はするが、自由にやらせてもらえる立場が確保できるのなら他はどうでもいい。
それについては、セカン、ネラル殿下、トゥルマから既に確約をもらっているので安心だ。
ただ、一つだけ……そういうことならそれなりの立場が必要である、ということはわかるのだが、その立場というのはネラル殿下の客人となっていて、俺に直接命令のようなモノは出せない、ということになった……までは良かったのだが――。
「それではよろしく頼む。目を放すと……いや、目を放さなくても突然居なくなることがあるから注意するように」
ついでにネラル殿下の相手も押し付けられた。
その際にトゥルマが助言のようなことを言ってきたが……やはり迷子になりやすいのか? と思う。
「よろしくお願いします」
年相応の満面の笑みを浮かべるネラル殿下はそのように見えないが……まあ、俺も実感したことなので何も言えない。
とりあえず、ドラゴンローブが皺だらけにならないことを切に願う。
勝手に修復するとかしないかな……。
常にネラル殿下が側に居るようになり、同じように共に居る執事とメイドとは仲良くなったが、知らない人が居るとアブさんが空中に避難することが増えた。
申し訳ないな、と思うのだが、アブさんはアブさんでそれならそれでと俺がネラル殿下と共に居る間は自由に過ごしている。
そして、トゥルマと兵士たちは、セカンや冒険者たちと共に鍛錬を行い始めた。
内戦が近付いている気がする。
おそらく、アンル殿下の捕らえられている場所がわかると同時に動き出し、助け出すとそのまま内戦に突入する予定なのだろう。
その空気を感じ取って少しだけ気を引き締めつつ、暗殺集団の団長が戻ってくるのを待つ日々が過ぎていく――そんなある日。事件は起こったのだ。
事後報告ではあるが、きっかけは冒険者の一人。
この冒険者は「夜明け騎士団」の一人で、そうした理由は善意か、はたまたお店の売り上げアップを狙ってか……ともかく、その冒険者はトゥルマと兵士たちに「ここの夜のお店はすごくいいですよ」みたいなことを伝えた。
興味を抱いたのは兵士たちの方。
行ってみませんか? とトゥルマにお願いし、トゥルマはそんな暇はないと口にしつつも、労いも必要であることは理解しているため、仕方ないと兵士たちと共にお店に向かった。
ここで問題が発生。
この時、冒険者にきちんとお店の名前を聞いておくべきだったのかもしれない。
トゥルマと兵士たちは、「輝く宝石」ではなく「華やかな花」に行ったのだ。
そう。セカンと冒険者たちが推す女性たちが居るお店のライバル店に……。
「夜明け騎士団」に対抗して――夜が明けてから帰るのは同じだが、「夜明け騎士団」を潰すという意味も含めて、「黎明の破壊騎士団」が誕生した。




