水面下で進むことだってある
それは、さながら神の言葉――神託の如く、この場に居る者たちの心に突き刺さった。
俺以外は。
誰もが気付く。
譲る、譲り合うことの素晴らしさに。
奉仕、博愛の心が胸に宿る。
俺以外は。
そして、決断する。
争いを超えた先――私が、俺が……私たちが、俺たちが……ナンバーワンにする、あるいはナンバーワンにし続けてみせる、と。
俺以外は。
目当てとする女性からの一言によって、争いはなくなった。
この部屋を取る時に協力してくれた英雄と呼ばれる冒険者たちに、連れてくるように頼んでおいたのだ。
その結果、力強い握手と、互いのこれからの健闘、または共闘を誓い合う声が周囲から届く。
目当ての女性にも宣言するように言っている。
「夜明け騎士団」と暗殺集団の、あったかどうかはわからないというか、興味のない争いは終わった。
………………表面上は。
何故なら、握手は力が強過ぎるというか、相手の手の骨を折ってやると言わんばかりに力が込められているし、口は健闘や共闘と言ってはいるが、相手を見るその目は邪魔者は殺しますDeath、と物語っている。
実際にそこまでやる……やらないといいな、と思うけど、まあ、目当ての女性の前でそう宣言した訳だし、命のやり取りまではいかないだろう。
というか、そもそも俺がどうにかする問題ではない。
これ以上は当事者たちでどうにかしろ、が俺の正直な気持ちである。
一応、サファイアちゃんという人も見れたし、もう充分だ。
とりあえずは、一旦これで目に見えての争いは終わった、と思う。
水面下ではどうかしらないが……まあ、そこら辺までなくなったら困るといえば困るのだが。
何しろ、俺を暗殺するという問題が残っている。
それはどうする? と俺は暗殺集団の一人を見る。
暗殺集団の一人が目を細めた。
「……考えたモノだな」
「何がだ?」
「これで、もし依頼を完遂した場合、俺たちは報告に戻らなければならなくなる。そうなれば、サファイアちゃんとも会えなくなり……それは嫌だ! サファイアちゃんと会えなくなるなんて! 離れるなんてできる訳ない!」
暗殺集団の一人が崩れ落ちる。
いや、頑張れよ。もう少しこう……理性のようなモノを維持して欲しかった。
でもまあ、これで暗殺云々は大丈夫だろう。
気が変わって……なんてこともあるかもしれないから、警戒は必要だが……自分を信じていない訳ではないが、アブさんにも暫くの間は警戒してもらえるようにお願いしておこう。
なんて思っていると――。
「よしよし。元気出してください」
サファイアちゃんが崩れ落ちた暗殺集団の一人の頭を優しく撫でる。
暗殺集団の一人は即座に立ち上がり、キメ顔。
いや、目しか見えないが、なんかこう力が入っている。
そのままセカンに視線を向け、目以外が隠れていてもわかる、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ぐぬぬぅ……」
セカンが本気で悔しがっている。
「はいはい。悔しがらないの。仲良くね」
サファイアちゃんがセカンの頭を撫でる。
セカンはデレ顔だ。
正直、見たくなかった。
暗殺集団の一人が悔しそうだが、その前にこっちの話を終わらせるために声をかける。
「とりあえず、俺たちは会わなかったというか、標的が見つからないとか報告だけして、そのまま捜索を続けている風に装ってくれればいい。そうすれば、ここに居られるだろ。それに、どうせアレだろ。依頼主はエラルかワンドのどっちか、または両方からだろ」
暗殺集団の一人が目を見開く。
反応しちゃ駄目だろ、と思うが、多分わざとだな。
依頼主のことは口にしていない、ということで。
その代わりなのか、別のことを聞いてきた。
「……だが、結局は時間稼ぎにしかならないぞ。内戦は直ぐそこまで来ている」
「ああ、その辺りは大丈夫だ。時間稼ぎで充分。どのみち、いずれはあいつらの前に姿を現わすからな。その時が決着の時だ。それが終われば暗殺依頼どうこうの話ではなくなるというか、意味を成さなくなるだろ」
「……倒せる、と? 随分と自信があるんだな」
「自信じゃない。何がなんでもやり遂げる。そうすると決めているだけだ」
意志の強さを示すように、暗殺集団の一人の目をしっかりと見て言う。
暗殺集団の一人は少しの間視線を合わせたあと、肩をすくめた。
「……まっ、そっちの提案に乗る以上、そうなってもらわないと困る。もし、協力が必要なら……まあ、手を貸してやらなくもない」
「まっ、そんな時があればな」
これで終わり――と思っていると。
「初めまして。あなたがアルムさんですね」
サファイアちゃんが挨拶してきた。
改めて見ると、どちらかと言えばサファイア「さん」だと思うが、既に「ちゃん」で刷り込まれているので、別に変えなくてもいいか。
「ええと、『サファイアちゃん』ですよね。この度はご協力していただき、ありがとうございます」
「ふふっ。気にしなくていいですよ。私としてもお二人が仲良くしている方が嬉しいですから。それに、いいこともありましたよ」
「……いいこと?」
何が? と尋ねると、サファイアちゃんは頬を少しだけ赤く染め、恥ずかしそうに俺を見てくる。
「あの、先ほどの何がなんでもやり遂げるっていうの、カッコ良かったです。良ければ、今度食事でも一緒に――」
「アルムゥ!」
「やはりコロス!」
本気の殺意を感じたので、即座に逃げ出した。
―――
数時間後。
無事に逃げ出せたが、採取依頼のことをすっかりと忘れていた。
明日には必ず、と受付嬢に伝えに行くと、常に張り出されている依頼であるため、大丈夫だと返答を受ける。
ただ……こんな簡単な依頼もできないの? という蔑みの目で。
「いや、仲間と暗殺者に追われて――」
「そういう妄想は受け付けておりません」
ニッコリと笑みを浮かべる受付嬢。
その笑み、絶対信じてないだろ。
嘘じゃないから! 妄想ではないから!
なんか納得がいかない。




