関係ない時は出て行きたくなる
俺を狙う暗殺集団に囲まれたが、向こうに殺る気がなくなった。
それは喜ばしいことで間違いない。
ただし、これは一時的だろう。
殺らない理由がなくなれば、再び俺を標的にするのは間違いない。
どうしよう。
後腐れなく、この場で今の内に全滅させておくか?
火属性魔法で焼き尽くしてしまえば、証拠隠滅できる。
だが、暗殺集団が居なくなったとわかれば、また新たな刺客が放たれるかもしれない、
………………。
………………。
いや、待てよ。もしかして、これ……いけるか?
思い付いたところで、アブさんが戻ってくる。
「……何事?」と雰囲気が物語っていた。
暗殺集団が殺る気を失っている間に、小声で簡単に説明。
「………………殺っとく? 即死っとく?」
いや、しない、と首を横に振る。
「それでもいいけど、その前にやっておくことがある」
俺はきっと上手くいくさ、と笑みを浮かべる。
―――
「――という訳で、こいつらが俺を狙った暗殺集団だ」
俺が暗殺集団を引き連れてきたのは、冒険者ギルド――の一室。
上手いこと最近英雄と呼ばれている冒険者たちの知り合いが居るので、その威光を借りて会議なんか行われそうな広い部屋を借りることができた。
まあ、駄目だったら駄目で、冒険者ギルド・総本部に連絡を取ってもらい、総本部ギルドマスターであるラフトの強権を発動してもらう予定だったのだが……そうならなかったのは、きっとどこにとってもいいことなのは間違いない。
ここにしたのは、ここならある程度騒ぎになったとしても、問題ないと思ったからだ。
さすがに宿屋で行うのは……ね。
因みに、アブさんは人の多さが嫌で、窓の外からこちらの様子を窺っている。
俺もそっちで見学だけしていたい。
「………………いや、どういう訳だ? つまり、敵か?」
そう答えたのは、俺が引き連れてきた暗殺集団と対峙するように居る者たち――「夜明け騎士団」の、今や団長と言ってもいいセカン。
暗殺集団が「夜明け騎士団」に向ける殺意を背中にひしひしと感じる。
ここで俺が「やってしまえ!」と言えば本当に跳びかかっていきそうだ。
今直ぐ殺ろうとしないのは、さすがに真正面からでは分が悪いとか思っているのかもしれない。
対する「夜明け騎士団」の面々は、どうして殺意を向けられているのかわからない、と困惑している。
なので、教えることにしよう。
「まあ、待て。今、説明するから――」
セカンを含む「夜明け騎士団」の面々に向けて説明する。
………………。
………………。
説明し終わる。
すると――。
『………………』
『………………』
睨み合いが始まった。
発する殺意が濃厚濃密で重い。
それも両方からなのだ。
間に立って一身に浴びる俺の身のことも考えて欲しい。
……帰りたくなってきた。
「……つまり、何か? 私に、サファイアちゃんから手を引けと言いたいのか?」
セカンから静かな怒りの声が漏れる。
「そういうことだよ。クソジジイ。サファイアちゃんに相応しいのは俺だ」
暗殺集団の……そういえば名前も知らないし、顔も確認できないから……誰だ? 多分、前に出ていたヤツだろうから……わからない。
とりあえず、暗殺集団の一人としておくか。
「はっ! 若造が吠えるな! 貴様のような者では、サファイアちゃんを受けとめられぬわ! サファイアちゃんには、私のような包容力に優れた大人の男性が似合うのだ!」
「それが自分だってか! 自分なら受けとめられると? 現実が見えていないとか、もう耄碌してんな! クソジジイ! サファイアちゃんには俺こそが必要なんだよ!」
「なぁにぃ!」
「なぁんだぁ?」
セカンと暗殺集団の一人との間で、触れれば一瞬で灰になりそうな大きな火花が散る。
いや、そこだけではない。
「夜明け騎士団」と暗殺集団の間で起こり、互いに女性の名を口にして、自分こそが幸せにできると言い合い、争う一歩手前のような状態になっている。
空気が非常に重い。
新鮮な空気が欲しいので、ちょっと外に……。
多分戻ってこないから、あとは両者で――。
「待て。どこに行く?」
「まだ決着は着いていないぞ」
セカンと暗殺集団の一人がドラゴンローブを掴んで放さない。
いや、俺無関係だから!
というか、そんな強く掴むな! 皺になったらどうする!
「お前はどちらの味方だ! 当然、『夜明け騎士団』だよな?」
「もちろん、俺たちの味方だよな? 味方なら、殺したと報告だけ挙げて見逃してやる。違うなら、依頼通りに殺す」
どっちも圧をかけてくるな。
どっちの味方でもないし、どっちの敵でもねえよ! ……いや、暗殺集団の方は普通に敵か。
ただ、それを口にはしない。
それはそうだと納得しないのはわかり切っているので、意味がないからだ。
というか、いい加減そろそろ来てもいいと思うのだが……と、セカンと暗殺集団の一人を適当にあしらっていると、この部屋の扉が開かれる。
そこから、多くの女性が入ってきた。
煌びやかな衣装に身を包んだ女性たちは、誰もが美しく輝き、笑みを浮かべている。
ここに来るまでの間に多くの人の目を惹き付けたのは間違いない。
きっと明日から……いや、今日の夜から多くの人がお店に行くことだろう。
そんな女性たちの中から一人、この中でももっとも目を惹き付ける――宝石のように輝く青い髪、その髪色に合わせた深い海を思わせる艶やかなドレスに身を包んだ美しい二十代くらいの女性が前に出てくる。
その女性は手を組み、泣きそうな……懇願するような表情を浮かべた。
いや、他の女性も全員だ。
「みんな! 私たちのために争いはやめて!」
前に出た女性が、場を治めようとする一言を言い放った。
この女性がサファイアちゃん、だろうか。




