サイド リミタリー帝国 2
リミタリー帝国。帝城。その一室。
ここは私室と言い換えてもいい部屋。
私室ということは、それが誰の私室かによって格付けが行われ、部屋全体の質、広さ、置かれている調度品の数や品質など、諸々が大きく変わってくるだろう。
この部屋に置かれている物は、そのどれもが最高級品であった。
また、部屋の全体的な質や広さにしても、帝城内で二番目を誇っている。
一番目がリミタリー帝国における最大権力者――皇帝であることが揺るぎない以上、ここはその皇帝に次ぐ権力者の私室、ということだ。
それは――前皇帝。『エラル・リミタリー』。
白髪の長髪で、未だに鋭い眼光を持つ八十代の男性。
その体は細身というよりは筋肉質であり、仕立ての良い服の上にローブを着ている。
そのエラルの私室のリビングには、エラルを含めた四人が顔を突き合わせていた。
如何にも高級品といったテーブルを間に置き、四方にあるソファーにそれぞれ腰を下ろしている。
上座には、この私室の主であって現皇帝の父であるエラルが。
その左右には、現皇帝であるラトールとワンドが。
下座には、リミタリー帝国における魔道具の開発・製造の長――ジャアムが。
本来なら、たとえ前皇帝であろうとも現皇帝であるラトールに、エラルは上座を譲るべきなのだが、今回の件はエラルが主動で行っていたことに大きく関係しているため、ラトールが席を譲った形――といったところか。
エラルはテーブルの上、それと自身の手で持っている報告書に目を通し――読み終わると息を吐く。
それは、どことなく呆れのようなモノを含んでいた。
「……世界に覇を唱えようとするリミタリー帝国が、たかが数十人の賊によっていいようにやられるとはな。追跡を出したようだが、それでも後手に回り過ぎている。上手く見つけられるかどうか……」
ワンドとジャアムが、申し訳ありませんと頭を下げる。
ラトールは頭を下げるようなことはしない。
現皇帝というのもあるが、そもそも今回の件にはそれほど深く関わっていないから、という思いの方が強かった。
実際、今回の件――アルムたちによる脱獄と帝都脱出において一番の打撃を食らったのは、エラルとワンド、それとジャアムを筆頭にした魔道具師たちである。
エラルとワンドが、ジャアムを筆頭とした魔道具師たちに造らせていた、U型建造物が燃え尽くされたのがもっとも大きな痛手だったのだ。
「まあ、元周辺国の方に合流するつもりなら、探さずとも前に出てくるだろう。それより、魔道具に使う魔力に関しては、またそこらから調達すればいいだけではあるが、大量の魔力持ちとなるとまたあれだけの数を集められるとは限らない。その辺りの影響はどうなる?」
エラルがジャアムに尋ねる。
ジャアムは、少し思案したあとに口を開く。
「このまま全体の作業を進めれば、効率が下がるのは否めません。供給される魔力量が減る訳ですし。ただ、これから戦いが起ころうとしていますし、ここは一つ緊急時ということで、国防を優先するとして、戦闘用魔道具だけに絞れば、そこだけはこれまで通りに賄えます」
逆に思案するのはエラル。
黙り、目算を立てているようだった。
「……どうだ?」
エラルがラトールに確認する。
最終的な判断は、やはり現皇帝であるラトールなのだ。
「父のお好きなように。魔道具に関しては一切をお任せしていますし、実際成果も挙げられている。できる限りの配慮を行いますよ。ただ、一点だけ構いませんか? ジャアムよ。アレは使えるのか? いや、使えるようにできるのか?」
ジャアムは、安心させるように笑みを浮かべる。
まあ、といっても、どこか悪巧みをしているように見えるのは、きっとどうしようもないのだろう。
「それこそ問題ありません。内戦が始まるというのであれば、それまでに直して――いえ、この場合は新たに建造し直します、でしょうか」
「言うのは簡単だが?」
「大丈夫です。一度完成させたモノですから。それに、今回燃やし尽くされたのは、行ってみれば発射口で、重要な塔の方の被害は僅か。直してみせます」
「口にしたのだ。やってみせろ」
「はっ。お任せください」
ジャアムが頭を下げる。
これでこの件は終わり、という空気がこの場に流れる。
だからだろう。
エラルがワンドに尋ねる。
「魔道具の方はこれでいいとして……ワンドよ。報告書には載せられない件があるそうだが、それはなんだ?」
「は、はい。それなのですが……」
「……どうした? お前にしては歯切れの悪い」
「それが……逃げ出した者の中に一人が、最後に言い残していったのです。……『これはアンクの復讐の続き』だと」
その言葉の効果は劇的だった。
「はあ……はあ……はあ……」
エラルの呼吸が荒くなる。
その表情に表れているのは、恐怖。
変化はエラルだけではない。
ワンドもまた、口にしておきながら手が僅かに震えている。
恐怖かはわからないが、何かを感じているのは明白であった。
今この場において、ラトールとジャアムだけが平常のまま。
それは、知らないが故の――「アンク」という人物について、関わりがない故の反応である。
しかし、ラトールとジャアムが「アンク」について尋ねても、エラルとワンドが口を開くことはなかった。
その代わりという訳ではないが、エラルとワンドはこの日この時から、どこか鬼気迫るモノを背負うようになる。




