退こうとしてできる場合だってある
白髪の短髪に、年齢を感じさせる皺はあるが、それでも厳ついと言える顔立ちの男性。
計算すると、今の年齢は八十くらいだろうか。
それでもしっかりと鍛えられた体付きであり、その上に血のような赤い線が走った黒い鎧を身に付け、その手には剣が握られている。
その人物こそが、リミタリー帝国における皇帝直属の最強騎士団「暗黒騎士団」の団長である「ワンド」。
そのワンドが、こちらに向けて駆けて来ている。
……ああ、間違いない。
あの頃より歳は重ねているが、顔立ちは別に変っていないのだ。
間違えようがない。
……心に強い怒りを感じる。
闇のアンクさんの記憶が反応しているのだ。
だが、迂闊に飛び出すような真似はしない。
したい気持ちはあるが。
まあ、このままここで待っていれば、そう時間もかからずに対峙することになる。
そこまで待つ気もない。
何故なら、「暗黒騎士団」は団長であるワンド以外も駆けて来ているのだ。
帝都の門で俺に襲いかかってきた細身のヤツと筋骨隆々のヤツ。それと他にも黒い鎧を身に付けているのが数名見える。
皇帝のお膝元ということもあって、戦力は充実しているようだ。
さすがに、それだけの数を纏めて相手にするのは面倒である。
無理だと思わないのは、まあ、やろうと思えばできなくないからだ。
その代わり、魔力全開なので帝都が更地になるだろうけど。
「……貴様は!」
「あっ! お前は!」
細身のヤツと筋骨隆々のヤツが声を上げて、俺を指差しているのが見える。
あっ、気付きました? ここら辺はまだ暗いのによくわかったな。どうも、外に出ました。と肩をすくめてみる。
細身のヤツと筋骨隆々のヤツがイラッとしてそう。
その反応をワンドがチラリと見て、俺を見てくる。
……あっ? と見返す。
怒りが交ざり、睨む。
ただ、ワンドの俺を見る目は、まるでそこらの小石でも見ているかのようで、脅威とすら捉えていない。
まあ、こっちは知っていても、ワンドはこっちを知らないから当然と言えば当然の反応だろう。
ワンドは興味をなくしたかのように、視線を俺からセカンに向けて声を張り上げる。
「セカン! 牢に入れれば反省するかと思えば、まさか脱獄をしでかすとはな! 元部下ということで情けをかけて生かしてやったというのに……飼い犬に手を噛まれたような気分だ!」
セカンを見るワンドの目にはハッキリと怒りが宿っている。
対するセカンは冷静だ。
それでも、胸の内を伝えるように大声を張り上げる。
「私としてもこのような結果となったのは残念だ! ワンド団長……いや、ワンド! 牢屋に入れられようとも、私の気持ちは変わらない! このような手段! 力は必要だ! だが力だけでは駄目なのだ! 力だけでの支配では! この国に未来はない!」
「お前の言う未来がないのは、中途半端な力を持つことしかできなかったがための未来だ! 要は、望む未来すら得られる、すべてをねじ伏せるだけの力を持てばいいだけのこと! それを、もう少しでリミタリー帝国は得ることになるだろう!」
「あなたは! いや、あなただけではない! 前皇帝も! 力を得るということに取り憑かれ過ぎている! その結果、皇帝まで――」
遮るように、俺はセカンの腕を掴む。
「熱くなり過ぎだ。それに、今は言い争いをしている暇はない。違うか?」
気持ちはわかるが、今は脱獄……はもうしたから帝都からの脱出が先だ。
面倒なのが、もうそこまで迫っている。
今は……ワンドが健在だとこの目でハッキリと確認できただけで充分。
口振りから、前皇帝も健在のようだしな。
セカンは俺の言葉に反応しようと口を大きく開けるが、それは飲み込んで、代わりに息を吐く。
「だが! ……いや、その通りだ」
セカンはワンドを一瞥したあと、水の大蛇の中に入り、水流によって外へ。
それを見届けたあと、水の大蛇を消す。
あとは俺自身が脱出するだけだが、それは別に難しいことではない。
「飛翔」
竜杖に乗り、空へ。
「暗黒騎士団」の手が届く前に上空へ行けたが、油断はできない。
空を飛ぶことはできないと思うが、飛び上がってはこれそうな気がするからだ。
実際、「暗黒騎士団」は足をとめたが、その場で飛び上がろうとしていた。
本来なら、このままさっさと脱出すればいいだけなんだが、月明かりに照らされて、アブさんが気になると言っていたモノが視界に入ってくる。
帝都を覆う外壁よりも高い塔。
その屋上部分には、巨大なU型の建造物があった。
何故かはわからないが、見ているだけで言いようのない不気味さを覚える。
あれは……壊した方がいい気がした。
「『赤燃 赤く熱い輝き 集いて力となる 基礎にして原点 火炎球』」
魔力を抑える必要もないので、数m級の巨大火炎球を作り出し、U型建造物に向けて放つ。
ワンドは巨大火炎球に対して多少驚きを見せたが、それが自分を――自分たちを狙っていないと気付き、なら何を――と向かう先に視線を向ける。
「いかん! なんとしても防げ!」
ワンドが大声を張り上げ、それに応えるように「暗黒騎士団」の面々が近くにある建物の外部を駆け上がり、飛び上がって、数人がかりで巨大火炎球をその身で受けとめて防いだ。
黒い鎧は魔法に対して相当強いのだろう。
ダメージらしいダメージを受けたようには見えない。
防ぎきったことで満足そうにしているような気がするが――誰が一発だけだと言った?
二発、三発、四発――と、十発くらい連続して放つ。
さすがに、空中でもう一度飛び上がることはできないのだろう。
残りの巨大火炎球はU型建造物に着弾し、巨大な火柱を上げて燃え尽かせる。
これで大丈夫……だと思う。
あとはここから去るだけ、と思ったところで、地上で俺を憎々しげに見ているワンドが見えた。
「貴様ぁ……」
怨嗟のようなワンドの声が聞こえる。
それはこちらも同じだ。
俺はお前たちの敵だとわからせるため、大声で告げる。
「ワンド! これで終わりと思うなよ! これは……元「暗黒騎士団」副団長! アンクの復讐の続きだ!」
ワンドの両目が大きく見開かれる姿を見て、俺はこの場をあとにした。




