誰かを見て、誰かを思い出すこともある
竜杖と剣がぶつかり、剣がポッキリと折れた。
とりあえず、竜杖には傷一つ付いていない……というか、どこかぶつかった?
本当になんの傷も付いていないから、どこかよくわからん。
竜杖はかなり頑丈なようだ。
……いや、この場合は相手の剣が脆かった、という可能性もある。
まあ、また試そうとは思わない。
ラビンさんが用意してくれた物だし、大切に使っていこう。
それに、どうやらこの自らの剣が刺さった人が厄介だったようで、その他は大したことなかった。
無事にシュライク男爵の妻と娘を助け出す……ゼブライエン辺境伯が。
いや、違う違う。
見ず知らずの俺が助け出すより、知人だろうゼブライエン辺境伯に任せた方がいいと思ったから、任せただけだ。
決して、俺が役立たずという訳ではない。
ほら、自らの剣が刺さった人も、俺が倒したようなモノだし。
「きんにくおじちゃんが、たしゅけにきた」
仕立ての良い服を着た青い髪の幼い女の子が、ゼブライエン辺境伯に向けてそう言い――。
「こらこら、その呼び方はやめなさいと言っているでしょ」
その女の子を窘めるように、ゆったりとした衣服に身を包んだ金髪の、二十代後半くらいの美しい女性が優しく言う。
「がはは! なあに、構わんよ! 俺とポーラの仲だからな。今は助かったことを喜ぼうではないか、マールよ。それに、来たのは俺だけではないぞ」
ゼブライエン辺境伯に背中を押され、前に出た。
俺のことが紹介され、相手のことも教えられる。
シュライク男爵の娘の名が「ポーラ」で、妻の名が「マール」。
マールさんは元冒険者だそうで、夫であるシュライク男爵は勝てないらしい。
口ではなく、力で。
「気を付けろよ、アムル。一見お淑やかに見えるが、マジで強いからな」
「まったく。夫もあなたも、何年も前のことをいつまでも言っているのですか。今はもう引退して長く、その間も鍛錬はしていません。前のようには動けませんよ」
ニッコリと笑みを浮かべてそう言うマールさんだが、なんというか妙な迫力がある。
逆らってはいけないような何かが……敵に回すと怖いような……。
ゼブライエン辺境伯がブルッと震えている。
「それで、お二人はどうやってここに? 夫たちは? 他の人質は? 現状を教えていただけますか?」
マールさんの問いに、ゼブライエン辺境伯が真顔で俺に言ってくる。
「予め謝っておく」
「何故いきなり謝る必要が?」
「ガオルもそうだが、俺もマールには逆らえない」
先ほど震えていたし、旧知の仲のようだから、逆らえない何かが色々とあるのだろう。
まあ、元々ゼブライエン辺境伯に教えた情報は明らかになってもいいやつなので、別に教えても構わない。
進んで広めるのは困るが。
ゼブライエン辺境伯がマールさんに状況説明を行っていると、ポーラちゃんがとてとてとこちらに来て、お礼を言ってきた。
「たしゅけてくれて、ありがとござます」
「助けることができて何よりでございます。お嬢さま」
最初は幼い子が相手なので頭にポンポンと手を置こうと思ったのだが、直ぐに相手が幼くとも貴族令嬢だと思い出し、使用人時代を思い出して恭しく一礼して返す。
ニッコリと、満面の笑みが返された。
そこでこの屋敷に侵入してくる気配が! とゼブライエン辺境伯が注意を促してきたが、「新緑の大樹」だった。
住民とも協力して、無事に人質たちを助け出したそうだ。
仕事が早いのは、優秀な証拠。
「新緑の大樹」……さすが!
これで、「ツァード」での憂いはなくなったので、あとは人質をとるなんてことをした国軍を潰すだけだ。
―――
はい。という訳で国軍に見つからないように、陽が昇る前に反乱軍のところまで戻ってきた。
その手段はもちろん、空を飛んで。
ただ、予想していたこととは違うことが二つ。
まず、反乱軍のところに戻ったのは、俺、ゼブライエン辺境伯、「新緑の大樹」に……マールさんとポーラちゃんだった。
「ツァード」の方を解決したという証人である。
まあ、二人は空の旅を喜んでいたので、良しとしよう。
だから、マールさん。
もっと速くできないのですか? と俺に重圧をかけないで欲しい。
それと、反乱軍は既に動いていて、シュライク男爵領軍と接触していた。
ゼブライエン辺境伯なら無事に人質を解放してくると、テレイルが動かしていたのだ。
「ツァード」での手際の良さを知った今なら、そう確信してもおかしくないと思う。
ただ、これで余計な時間をかけずに、国軍に向けて攻め込むことができる。
シュライク男爵は直ぐに呼ばれた。
現れたのは、青い髪に細身だが筋肉質で、軽装が妙に似合っている二十代後半の男性。
マールさんとポーラちゃんの姿を見つけると、涙を流してその存在をしっかりと確かめるように二人を抱き締める。
俺の中に父親の記憶はないが……まあ、悪くない光景だと思う。
母さんに会いたくなった。
そして、人質をとるなんて真似をした国軍への反撃が始まる。




