総量が大きいと、そういうことだってある
無から有は作れない。必要な物が揃って初めて新しい何かが生まれるのと同じように、壊れたモノを元に戻すというのも何かしら必要なモノが要るのだ。
今、目の前にあるのは壊れた枷。
誰が壊した? ……俺だ。
邪魔だったので力任せに壊した。
後悔はない。
でも今は、もっと他に手段があったのでは? と俺の中の天使が囁いてくる。
対して、いやいや打開策なんてそう簡単に思い付くモノではないし、結局のところこうしていただろうから、これはなるべくしてなったのだ、と俺の中の悪魔が慰めてきた。
まったくもってその通りだ、と俺の中の天使は早々に俺の中の悪魔に賛同。
ガッチリと固い握手を交わしている。
光と闇が一つになった瞬間だった。
もちろん、反対意見などしない。
壊れてしまったモノは仕方ない――枷が壊れたのは、なるべくしてなったということだ。
それに、直す魔法も手段もない。
なら、こうなると取るべき手段は一つ。
隠蔽である。
しかし、ここには大抵の場合は見つかるであろうベッドの下はないというかそもそもベッドがないし、本のうしろに隠せるような本棚もなく、二重底の仕掛けが活かせるような机もない。
だが、マジックバッグがある。
ぽいぽいっと壊れた枷をマジックバッグの中に入れておく。
これで、当面の問題はあと一つ。
それは、みんなの話によると、朝、昼、夕方と、日に三回の食事の配給があるらしい。
俺たちを魔力供給源として生かして使うためだろう。
昨日は、俺が気付いた時は既に食事の配給が終わったあとだったため、今まで知らなかったのだ。
その朝の時間が、もうそろそろ……どうしよう。
まずはこれを無事にどうやり過ごすか、だ。
………………。
………………。
背を向けて顔と手足を見せないように横になって、まだ眠っているように見せておくか。
それでもし中に入って来たら……実力行使ということで。
―――
横になっていると、どこかから扉が開けられる軋む音が聞こえてくる。
「う~い。飯だぞ~」
そんな声が聞こえてきて、合わせてカシャカシャと何かが置かれていく音が聞こえてくる。
その音は俺が居る牢屋の前でも聞こえてきて――。
「……まだ眠っているようだな」
「みたいですね。どうします? これ」
「とりあえず置いておけ。起きれば勝手に食うだろ」
「起きればって、いつ起きるんですか?」
「さてな。一応回復はさせているそうだが、『暗黒騎士団』にどれだけやられたかによるな」
「うへ~。こいつ『暗黒騎士団』にやられたんですか。俺はそんなのごめんですね」
……とりあえず、枷が外れているのは見えないようなので、内心でホッと安堵しておく。
こういう時妙に緊張感が流れるので、さっさと行って欲しい。
なんてことを思っていると――。
「……あれ? 隊長」
「なんだ?」
「なんか、鉄格子の形変じゃないですか? なんかこう……一部が細いというか、曲がっているというか」
ドキィッ!
心臓の鼓動が速くなる。
こういう時、普通に考えてそんな訳ないと思うのだが、本当に鼓動音が聞こえてしまうのでは? と思ってしまう。
「は? 鉄格子が? 馬鹿か、お前。そんな訳あるか。そもそも非力な魔法使いで、魔法の使用だって封じている。無理無理。それはアレだろ。ここが薄暗いからだ。光による陰影によってそういう風に見えているだけだ。ほら、アレだよ。白は大きく見えて、黒は小さく見えるっていうの、ああいう感じ」
「ああ、なるほど。そういうことですか。さすがですね、隊長」
「まあな。お前もアレだぞ。こういう雑学的なのを一つや二つ……いや、それだと足りないかもしれないから、それなりの数は仕入れておいた方がいいぞ。でないと、おねーちゃんたちの店に行った時、会話を楽しめないぞ」
「え? そうなんですか? 自分、そういうお店に行ったことなくて……」
「なんだ、そうだったのか。わかった。わかった。今度連れて行ってやるよ。ついでに楽しみ方も教えてやる」
「あざーす! 一生付いていきます!」
足音が遠ざかっていき、もう何度かカシャカシャと音がしたあと、扉が閉まる音がして……音がしなくなる。
いや、そういう知識喜ぶか? と思わなくもないが、今は無事に乗り切ったことに安堵する。
息を吐いていると、咀嚼音が聞こえてきたので、配給された食事を取っているのだろう。
誰かが「これから魔力が吸い取られて消耗が激しくなるから、しっかりと体力を付けておけ」と言った。
俺以外は知っていることだろうから、俺に向けて言ったのだろう。
出された食事は、パン、スープ、サラダ、バターに、水。
見た感じは普通。
……どうする? 食べた方がいいのだろうか? ただ、眠ったままにしておくのなら、食べない方がいい気がする。
食べなければお腹は空くが……まあ、マジックバッグの中にも食料は入っているし、一日くらいなら問題ない。
起きて何かされるよりは寝ていた方がいいと判断して、手を付けないでおく。
―――
全員が朝食を食べ終えた頃――呻き声が聞こえてくる。
おそらく、魔力が吸われているのだろう。
………………。
………………。
あれ? 俺、なんともないんだけど?
吸われて……いや、よく探ると吸われている感覚がある……のだが、直ぐに回復しているな。
まったく減らない。
……これ、アレか? 俺の魔力総量が多過ぎて回復量も上がっているため、減るよりも回復する量の方が多い……とか?
まあ、今日一日だけだし、好都合であることに変わりはないので気にしないことにした。
―――
昼と夕方の食事の配給もやり過ごし――夜。
ここからの脱獄を開始する。




