見ていないようで見ている時もある
声が聞こえてきたのは斜め前の牢屋。
そこを覗いてみる。
月明かりに照らされているだけで薄暗い。
目を凝らして良く見ると、五十代くらいの男性が壁にもたれかかっていた。
白髪交じりの……多分緑髪。顔つきはおそらく精悍だと思うが、髭でそこまでしっかりとは見えない。
元は仕立てが良さそうだが今はボロボロの衣服を着ているのだが、それでも体付きはしっかりと鍛えられている。
「どうも」
声をかけてみると、その男性はこちらを向いてびっくりする。
「そ、その声は先ほどまで話していた……いや、それがどうして外に居る?」
「え? ああ、鉄格子を曲げて出てきた」
「曲げ? ……ここに捕らえられたということは、キミは魔法使いではないのか?」
「通りすがりの凄腕魔法使いだ。だから、身体強化魔法で」
「いや、魔法は使用できないように阻害されて」
「確かに邪魔される感覚はあったが、それは流す魔力を増やして無理矢理使った」
「……それでどうにかできるような……いや、こうして目の前に居るのだ。それができるだけの魔法使いである、ということなのだろう」
牢の中の男性は納得するように頷いている。
まあ、実際に出ている訳だし、それが証拠となっているのは間違いない。
「それより、あんたが『暗黒騎士団』というのは本当か?」
「ああ。元、だがな。少なくとも、私はそう思っている。今どうなっているかはわからないが、少なくとも除名はされているだろう。新人も入っているかもしれない」
「……まあ、そっちも、こんなところに居る訳だから、身が証を示している訳か。なら、何故このような場所に居るか聞いても?」
「……聞いてどうする?」
「場合によっては助ける。俺としてはさっさと出たいしな」
そのためには、やはり情報が必要だ。
ここが教えられたように魔区の地下であるとしても、外壁寄りとか帝城寄りとか、位置によって取るべき手段は変わってくる。
元とはいえ「暗黒騎士団」なら、色々と詳しいのは間違いないだろう。
現役なら、まあ思うところがない訳ではないが、元ならそこまで……。
すると、牢屋の中の男性は自嘲するような笑みを浮かべ――。
「まあ、このような場で隠しても仕方ないし、そもそも隠してもいない。私がここに捕らわれている理由は、皇帝陛下に諫言したら処刑されそうになったが、魔道具師長が私の豊富な魔力量に目を付け、こうして魔力の供給源としてこの場に縛り付けられてしまったという訳だ」
「なるほど」
はい。助けます。
……いやいや、待て待て。助ける判定は早い。
闇のアンクさんの記憶がある影響からか、心情的に助けたくなってしまったが、まだそれが本当かどうか……いや、身の証はこの場に居ることで示しているんだったな。
なら、事実か。
「……何を言えばそうなるんだ?」
「……ここのことを知り、このようなことは帝国のためにならないため、即座にやめていただこうとしたが……それがここに入れられることになるとは、皮肉としか言えないな」
牢屋の中の男性の自嘲する笑みがさらに強くなった気がする。
俺もなんとも言えない。
だから、別のことを尋ねる。
「そうか……ついでという訳ではないが、聞きたいことがある」
「何か? 答えられるモノなら答えよう」
「『エラル・ミリタリー』……それと『ワンド』はどうしている?」
「……質問の意図がわからないが、それがもし前皇帝と『暗黒騎士団』の団長のことを尋ねているのであれば、どちらも存命だ。ついでに言えば、知っているかどうかはわからないが、先ほど話した魔道具」
「……そうか。さすがに皇帝の代は変わったようだが、ワンドは団長のままなのか」
「そうだが……まるで前から知っているような言い方だな」
「……まあ、な」
直接的には知らないけれど。
ただ、もう少しリミタリー帝国の内情について聞いておきたいが、このままここで話し続けるのも落ち着かないというか、下手をすれば横槍が入るかもしれない。
それならいっそのこと――。
「もう少し話していたいが、このままではそんな時間が取れるかわからない。俺はここから出る気だが、あんたはどうだ? 出る気があるのなら、お互い協力しないか? 俺としては知りたいことが知れたら充分だし、そのあとは自由にしてくれて構わない」
「………………」
薄暗い中――牢屋の中の男性が俺を見ている気がする。
見極めようとしているのかもしれない。
だから、俺もジッと見返す――が、途中で暗くなる。
あっ、月が雲に隠れて明かりが足りない。
薄暗くではなく、完全に暗い。
しまった。目を逸らしてしまった。
もう一度見返し………………あれ? 目、どこだ? 目だと思ったけどこれは眉毛か? いや、額の皺がそういう風に見え……いやいや、目で合って……る? 待てよ。目は二つ。つまり、二つあるモノを……眉毛も二つあるかあ……鼻の穴も……いや、さすがに鼻の穴はどこにあるかわかるわ。あれだろ? 二つの穴が隣り合っているところ――。
「いいだろう。協力しよう。どうせ、このままではここで朽ち果てるのみ。それならば、ここから出て殿下の下へ馳せ参じれば、この命にも意味を持たせることができる」
あっ、大丈夫なようだ。
きちんと見返すことができていた、ということだろう。
ふう。危ない。危ない。
「面白そうな話だな。ここから出られるのなら、俺も協力するから助けてくれないか?」
近くにある別の牢屋の中から、そんな声が聞こえてきた。
いや、そこだけではない。
他からも同じように連続して……ん? もしかして、全員か?
なら、全員で脱獄するか。




