声を張らないと聞こえないこともある
「いや、衛兵なんてこの場に居ないわ! というか、俺だってどちらかと言えば取り締まる側だわっ!」
ツンツン青い髪の男性が、若干怒りを交じらせながらそう口にする。
ちっ。気付いたか。
あのまま素通りできるかと思っていたのに。
そうすれば、そのまま背後から魔法を放って、リミタリー帝国側を混乱させることができたのに………………いや、それは今からでもできるか。
丁度、目の前にいい相手が居るのだ。
俺が戦う気を見せるように視線を向けると、ツンツン青い髪の男性がニヤリと笑みを浮かべる。
「なんだ。やっぱりやり合ったヤツじゃないか……だったら最初からそういう態度で来いよ! 焦っただろ! 違ったのかもしれないって! え? 初対面のヤツに親しげに話しかける危ないヤツだったの俺? と思っただろ!」
怒りを露わにしてまくし立ててくるツンツン青い髪の男性。
「それは……なんか、ごめん」
悪いことをしたな、と思ったら謝る。これ大事。
「……まあ、いいさ。どのみち、やり合うことに変わりはないんだからな」
ツンツン青い髪の男性が再度黒い槍を構える。
さすがにここまで騒げば目立つのは当然だ。
リミタリー帝国側の兵士たちの一部が、周囲を取り囲んでいく。
俺を逃がさないためだろうが、いざとなれば空を飛べばいいだけなので、特に意味はない。
今気にするべきは、対峙しているツンツン青い髪の男性の方だろう。
ノリはいいが、その強さは本物というか、さすがは「暗黒騎士団」の一人だと言える。
――闇のアンクさんの記憶が教えてくれる。
「暗黒騎士団」。
リミタリー帝国の皇帝直属の少数精鋭で、リミタリー帝国においては所謂最強戦力を有している騎士団だ。
だからこそ、油断はできない。
身体強化魔法を発動――瞬間、黒い槍が眼前に迫っていたので、頭部を横にずらしてかわす。
「……開始の合図もなしなのか?」
「戦いにそんなモノは必要ねえよ。生きてりゃ、いつだってどこでだって戦いだ」
「なるほど。ただ、さすがにこの状況は酷くないか? 魔法使いだぞ、俺は。それなのに、近距離戦闘をやれという空間しか確保されていないんだが?」
「はっ! 今の突きを直前でかわしておいて……どの口が言ってやがる!」
ツンツン青い髪の男性がそのまま近接戦闘を仕掛けてきた。
払い、突き、薙ぎ――と途切れぬ連続攻撃が放たれてくるが、強化された身体能力で回避し続ける。
息吐く暇がない。
周囲のリミタリー帝国側の兵士たちは、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
……余興のつもりか?
いや、実際はそうなのだろう。
町から元周辺国側の者たちが出てくるまでの暇潰し、としか思ってなさそうだ。
まあ、手を出してこないのは、他にもツンツン青い髪の男性がそう指示を出している、という可能性もあるが……好都合だ。
いつまでもニヤニヤと笑っていられると思うなよ。
ツンツン青い髪の男性からの攻撃をかわしつつ、魔力を練る。
あまり力を明らかにするのもなんなので……。
「『緑吹 振るわれるが目に見えず あらゆるモノを断ずる 鋭き一閃 風刃』」
得意の火属性ではなく、風属性の魔法を放つ。
ツンツン青い髪の男性との距離は関係なく、魔法を放つ。
これで形勢を変えようとか、距離を取ろうとか、そういった意図ではないため、ツンツン青い髪の男性はなんでもないようにかわす――が、それで構わない。
風の刃は、そのまま飛んでいき――周囲を取り囲んでいるリミタリー帝国側の兵士たちの一部に着弾。
「うわ~!」
「ぎゃ~!」
吹き飛ばされて体を打ち付けたり、風の刃に斬られたりと、リミタリー帝国側の兵士たちの一部が負傷する。
もう少し広範囲にした方がいいかもしれない。
ツンツン青い髪の男性からの攻撃を避けつつ、魔法を放って周囲のリミタリー帝国側の兵士たちを倒していく――といった行動を繰り返す。
そうなれば、当然ツンツン青い髪の男性も気付く。
「お前! 兵士の方が狙いか!」
「まあ、気付くよな!」
隠す必要はない、とツンツン青い髪の男性ではなく、周囲に向けて魔法を放つ。
これで。大体半数くらいには被害を与えたと思う。
何しろ、周囲から向けられる敵意というか、殺意が高い。
よくもやってくれたな、という感じだ。
対峙しているツンツン青い髪の男性も、怒気が強くなっている。
「真面目に戦え!」
「そっちかよ」
兵士たちに手を出されたこととかではないようだ。
「はあ? そっちも何も、他に何もねえだろ」
「……自分は戦えればいいって感じだな」
「当然だろ。ここまで来ると、満足に戦える相手も居なくてな。張り合いがねえんだよ。だから、丁度いい時にお前が現れた。……俺の戦闘欲を満たすために付き合ってもらうぜ」
好戦的な笑みを浮かべて、ツンツン青い髪の男性の戦意がさらに上がる。
更なる猛攻が繰り出されそうだが……問題ない。
もうここでできることは終わっているので――。
「それはごめんだな。じゃ。あればだが、またの機会に!」
竜杖に乗って上空へ。
ついでに――。
「『緑吹 荒れ狂う暴風は あらゆるモノを引き込み 渦巻く風はすべてを蹂躙する 大嵐』」
竜巻の追い打ちを放って、この場をあとに――。
「逃がすかよっ!」
声が聞こえてきたかと思えば、ツンツン青い髪の男性が俺の直ぐ側まで跳躍していて、黒い槍を突き出してきていた。
「ちぃっ!」
竜杖を軸にして体を回して黒い槍を避ける。
今のは危なかった。
「そういや、次に会った時に名前教えるって言っていたよな! 教えてけよ!」
「……その前に、お前の名前なんだっけ?」
「『ファイ』だ、このやろぉー!」
ツンツン青い髪の男性――ファイが喚きながら地上に落ちていく。
「俺はアルムだ」
答えておいたが、喚いているので聞こえたかどうかは不明。
とりあえず、これで元周辺国側の者たちが何かする時間は稼げただろうと思い、そのまま空を飛んでこの場をあとにした。




