まったく聞こえていないという訳ではない
一応、助けたという形になるのだろうか。
助けた三人組の内、受け答えをしていた男性だと思われる一人が、去ろうとする俺のドラゴンローブを掴んで放さない。
そうこうしている内に、再び兵士のような出で立ちの者たちがこちらを取り囲んできた。
鎧の形が違うので、先ほどとは違う――別の所属であることはわかる
ただ、妙に殺気立っているというか、俺に敵意を集中させているような……。
「大丈夫です。彼は味方です。こうして無事で居るのは彼のおかげなので安心してください」
ドラゴンローブを掴む男性だと思われる者が取り囲む兵士たちに向けてそう言うと、敵意は消えた。
「おい、勝手に味方にするな。そもそも助けた形ではあるが、別にそのつもりは――」
全方位からの敵意再開。
………………。
………………。
「いや、味方かな? 助けたかな? うん」
敵意霧散。
今はこれでいい――ということにしておこう。
そうそう。無用で無益な戦いなんて誰も好まない。
別に俺は、戦闘大好きという訳ではないのだから。
それとなく空気の読める、通りすがりの凄腕魔法使いです。
そうして、新たに現れた兵士たちが案内するまま、そのあとを付いていく。
そうするしかないのは、未だにドラゴンローブを放してくれないからだ。
放すように言っても放してくれない。
とりあえず、一瞬でも放してくれないだろうか?
そうすれば、瞬時に竜杖に乗って飛び去っていくのだが。
空中に居るアブさんが、逃げるぞ! 早く来い! と手招きしているが……無理っぽい。
というのも、もし竜杖で飛んで逃げようとしても、この人物は手を離さなそうな気がするからである。
危険というか危害を与えるのはちょっと……。
いや、決して、兵士たちが怖いという訳ではない。
―――
場の流れに乗っていると、路地裏にある一軒家に辿り着き、中に入ることになった。
アブさんが一軒家の上空で待機。
俺が名を呼べば直ぐ来てくれるだろう。
まあ、その場合は敵対して逃げられないとかの場合なので、ドラゴンローブを掴んでいる人物の反応から、多分そうはならないと思っている。
といっても絶対ではないので、いつでも声は出せるようにしておこう。
一軒家の内部は、別にこれといったモノがある訳ではなかった。
寧ろ、生活感のようなモノもない。
多分だが、今はここを使っているが、その内出て行くのではないだろうか?
だから、生活感が出ない。
普通の一軒家ではあるが、休憩所――あるいは潜伏場所、といった方が合っている気がする。
そのままリビングだと思われるところに入ると――。
「トゥルマ隊長は?」
「トゥルマ隊長も探しに出ていまして、今呼び戻しています。少々お待ちください」
「そうですか。わかりました。お手数をおかけして申し訳ございません。このままここで待ちます」
「はっ!」
ドラゴンローブを掴んでいる者がそう口にして、兵士の一人が胸元に手を当て、頭を下げて、この場から下がる。
それはまるで臣下の礼のようだった。
つまり、ドラゴンローブを掴んでいる者は、それだけの地位に居る人物だということに……いや、考えないようにしよう。
この場まで共に来た三人組の内、ドラゴンローブを掴んでいる人物以外の二人がフード付きローブを外し、執事服の男性とメイド服の女性だったが無視だ、無視。
知ったら抜け出せなくなる可能性がある。
なんて思っていたのに――。
「殿下! 大丈夫ですか! 殿下!」
そんな不穏なことを大声で言いながら、灰色髪の鎧を身に付けた、三十代くらいの筋骨隆々の男性が入ってきた。
……殿下とか、勘弁して欲しい。
咄嗟に両手で両耳を塞いで、聞こえていなかったことにする。
「落ち着いてください、フブク副隊長。こうして無事ですので。ところで、フブク副隊長だけですか? トゥルマ隊長は?」
ドラゴンローブを掴んでいる人物がそう答える。
なんで耳を塞いでいるのに聞こえるのだろうか……はっ! まさか、これが骨伝導ってやつか! ってそんな訳あるか!
知らない内に「青い空と海」に毒されていたのかもしれない。
気を付けよう。
「隊長ですか? 隊長なら自分のうしろに」
「フブク副隊長。私たちの立場を理解しておりますか? あまり大声で『殿下』と言うのは控えていただきたい」
「ややっ! これは申し訳ございません! このフブク、失念しておりました!」
しまった! 失敗したー! と額に手を当てる筋骨隆々の男性。
あんまり反省しているようには見えないが、この人物なりに反省しているのだろう。
そして、控えてください、と言っていた人物が、筋骨隆々の男性のうしろに居た。
黒髪の、整った顔立ちで、細身に白銀の鎧を身に付けている。
白銀の鎧を身に付けている人物が、ドラゴンローブを掴んでいる人物の前に来て跪く。
「『暗黒騎士団』が居ると聞き、心配しておりました。御身が無事で何よりでございます」
「ええ、こうして無事です。心配をかけたようで、申し訳ありません。私が町中の様子を見たいと迂闊に外へ出たばかりに」
「いえ、町の様子を知るというのも重要なことです。ところで、そちらの方は?」
白銀の鎧を身に付けている人物が俺に視線を向けてくる。
「あっ、通りすがりの凄腕魔法使いです」
「……耳を塞いでいるのに、聞こえているのか?」
し、しまったぁ。




