否定できないからこそ気を付けよう
ヴァネッサさんがこの高級宿に部屋を取ってくれたので、そこで休むことにする。
急であったため、そこまで大きい部屋は取れなかったと言っていたが、一人で利用するには充分なくらいの部屋だった。
まあ、そもそも一人ではないけれど。
ただ、調度品が高級そうなのは変わらないため、扱いには注意しないといけない。
でも、ベッドはふっかふかだった。
それはもう沈み込むように体が包まれるので、安眠できると思う。
ベッドの柔らかさを堪能していると、アブさんが壁をすり抜けて姿を見せる。
「内戦とは……これから向かう先は、何やら大変なことになっているようだな、アルム」
「ああ、まったくだ。ヴァネッサさんにはああ言ったが、巻き込まれそうなんだよな。ヴァネッサさんもそれがわかっているからこそ、しつこく言わなかったんだろうし」
「確かに。某から見ても、あの人間は只者ではないと思える雰囲気だった」
「だろ。……なんなら、会ってみるか? 多分だけど、普通に受け入れて会話しそうだが」
「断る。上手く口車に乗せられて、色々と面倒なことを押し付けられそうな気がするからな」
気付いたら、というヤツか。
「特に、某はダンジョンマスターでもある。ダンジョンマスターは、言ってしまえば様々なモノを作り出せるからな。………………搾取させる未来が見える」
「ははは」
否定できない。
確かに、そんな気がするというか、ヴァネッサさんはそれだけの能力を持っていそうなのは間違いないだろうし、ヴァネッサさんから見れば、アブさんという存在は魅力的に映ってもおかしくない。
「アルムも気を付けた方がいいぞ。下手をすると、危険な場所への採取とか、知らぬ内に受けているかもしれないぞ」
「……ははは、は」
これも否定できない。
俺もそうならないように気を付けようと思いつつ、内戦間近と思われるリミタリー帝国に行くとなると次はいつしっかり休めるかわからないため、今の内にと休むことにした。
―――
翌日。高級宿の部屋を出てカウンターに向かうと、ヴァネッサさんと会った。
「部屋、ありがとうございました」
「別に気にしなくていいよ。それより、気を付けていくんだね」
もちろん、と頷きを返し、早速リミタリー帝国に向けて出発する。
この町から出て、リミタリー帝国に続く街道が見えるところを竜杖に乗って飛んでいく。
内戦間近ということで何かしらの戦闘が起こって巻き込まれると思った、あるいは見かけると思ったのだが、特にそういうことはなく、そのまま街道を進んで行った先にある町が見えた。
この辺りは、言ってみれば元周辺国である。
旧リミタリー王国領内はもう少し先に進まないとないため、もしどちらかに出会うのであれば、元周辺国に関係する人たちだろうか。
……いやいや、そんな簡単に出会うことになったら苦労しない、と思いながら、近場で地面に下りて徒歩で向かう。
町に入る時は門で冒険者ギルドカードを見せて――。
「……他所からか」
「ん? ああ」
「そうか。今は状況が悪い。長居しないことを進める」
門番からそのようなことを言われた。
何やら不穏な感じ。
これまでと同じく町の中に入ったということで空中に退避しているアブさんを見ると、肩をすくめていた。
それは俺も同じ気分である。
ただ、門番が言っていることはなんとなく肌で感じることができた。
なんというか、町全体の雰囲気が悪い……いや、違う。暗い、だろうか。
別に陽が落ちているとかではない。
寧ろ真昼だ。
天候が悪い訳ではない。
雲一つない青空だ。
それでも、どことなく暗い。
町の中の様子を見て……そう感じる理由がわかった。
別に人が居ない訳でもないのに、活気がなく、賑わいがないのだ。
今は息を潜め、大人しくしている――という感じである。
何かが起こっているような雰囲気だが、来たばかりの俺にはさっぱりわからないので、とりあえずお昼ということで、町の大通りにある屋台を見つけたのでそこで食事を取ることにした。
「親父さん。一つ」
「あいよ」
出てくるのは、柔らかいパンに新鮮な野菜としっかりと焼き目の付いた肉を挟み、上に甘辛いソースをかけたモノ。
ぱくりと一口……うん。美味い。
シャキシャキとした新鮮な野菜と噛み心地抜群の肉を柔らかいパンがしっかりと包み込み、そこに甘辛いソースがアクセントとなって、次から次へと無限に食べられるような……いや、実際は無限になんて無理だけど。
俺、そんなに胃が大きくないし。
けれど、もう一つくらいなら……と食べ終わると同時に頼む。
新たに頼んだモノを食べていると、親父さんが声をかけてくる。
「あんた、ここに来たばかりか?」
「ん? ああ、そうだが?」
「なら、悪いことは言わない。それを食べたら……いや、食べながらでもいいから、早く町を出た方がいい」
「……は? なんで、そういえば、門番もそんなことを言っていたな」
「ああ、今ここにリミタリー帝国兵士団が」
親父さんが何か言い始めたところで、どこかから爆発音が響き、黒煙が空に向けて立ち昇っていくのが見える。




