裏で構えていそうな人って居るよね
ヴァネッサさんが、リミタリー帝国はこれから内戦が始まる、と言う。
普通なら、そんな馬鹿な、とか思うのかもしれない。
けれど、今回の場合はそれを言った人がヴァネッサさんだということが重要だ。
世界一と言われているギャレージ商会の商会長であるし、その情報網は侮れない。
「……詳しく、聞いても?」
「ふうん。それでも行くって顔だね」
え? 顔に出ていた? と両手で顔を触ってみるが、よくわからない。
いつも通りの顔だと思うのだが。
でも、当たってはいる。
内戦が起こるとわかっても、行くことに変わりはない。
寧ろ、場合によっては好都合だとも思う。
だから、詳しく知りたいのだ。
ヴァネッサさんは俺を値踏みするように見ている。
教えるかどうか、判断している感じだ。
「あっ、もしかして情報料の催促ですか? 今、これといった現物はないので、金銭になりますが……でも高額だと困るな。しばらくの宿代を残していただければ」
「別に要らないよ。それこそ、そこらを歩いて話を聞けばわかることが大半だからね」
「そうですか」
ホッと安堵。
金策をしないといけなくなると思ったが、そうはならないようだ。
「……まあ、あんたにも色々と訳があるんだろうけど、しっかりと判断してから決めるんだね」
そう前置きをして、ヴァネッサさんが教えてくれる。
内戦の要因となっているのは、リミタリー帝国の成り立ちに関係しているようだ。
リミタリー帝国は元々王国で周辺国を攻め落とし、帝国となるまで大きくなったのだが、その元周辺国出身の者への扱いが相当悪いらしい。
要は、旧リミタリー王国の者と、元周辺国の者の間には、明確なまでの差ができている。
それこそ、主人と奴隷といってもおかしくない支配制度らしい。
特に、前皇帝の時代で支配制度は強くなり、現皇帝になった今も強くなったまま続いている。
そうなれば、当然のように元周辺国の者に不満が蓄積していき、これまでも何度か散発的に反乱が起こったそうだが、その都度旧リミタリー王国の者が戦闘用魔道具の力で抑え付けてきたそうだ。
これは反乱を起こした罰、見せしめだ、とさらに元周辺国の者に対する扱いは悪く、酷くなる。
だからこそ、元周辺国の者たちは考えた。
散発的では駄目だ。
反乱を起こすなら、一度に一気に起こさないと、と。
それが、今らしい。
いや、近い、か。
というか、普通に考えて、こういう話は秘密裏に進む。
それはそうだろう。
反乱計画が発覚すれば終わりだ。
なのに、何故ヴァネッサさんがそのことを知っているかと言えば――。
「そんなモノ決まっているだろう。支援しているからだよ」
ニヤリ、と笑みを浮かべるヴァネッサさん。
……なんだろう。
世界一の商会の商会長というより、裏で全部支配している悪の総督と言われた方が納得できそうな笑みだ。
所謂、邪悪な笑み。
「失礼なヤツだね。私を邪悪と思うだなんて」
「え? 違うんですか? いや、間違えた。なんでわかって……」
「言っただろう。あんたはわかりやすい、と。まあ、私くらいの眼力ともなれば、だけどね」
う~む。そうなると隠すのは無理だな。
うん。諦めよう。
どうすることもできないのなら、気にしても仕方ない。
「それはなんと言うか、失礼しました。それっぽく見えただけ、その中身まで邪悪だなんて思っていません」
……多分。
そりゃ、世界一の商会の商会長だし、そういう面もなければ渡り歩けないことだってあるかもしれない。
だから、多分。おそらく。きっと。
あれだ。敵なら恐ろしいけど、味方なら頼もしいってヤツ。
「……まだ何か思っていそうだけど、まあ許してあげるよ」
「どうも。それじゃあ、ヴァネッサさんがここに居るのは、その支援のために?」
「そうだよ。まあ、それは裏向きで、表向きはここにある支店の様子を見に来た、といったところだけどね」
「なるほど。ところで、そのこと――元周辺国の方に支援していることを俺に言っていいんですか?」
「言っただろう。わかりやすいってね。皇帝の、特に前皇帝の話が出た時に反応があった。友好的じゃない。敵対的な、ね。だから、教えてみようと思ったのさ。……あんた、元周辺国の出身かい?」
「いや、違うが……まあ、言葉にするなら関係者、だろうか」
それ以上は上手く言えない。
「そうかい。私は両親が周辺国の一つの出身でね。その関係でだけど、あんたの方は深くは聞かない方が良さそうというか、上手く言葉にできないって感じだね」
う~ん。そこまでわかるのか。
なんというか、凄いなと思うが、これはこれでなんか楽だな、とも思う。
これくらい意思疎通というか、言葉にしなくても伝わるようになれば誤解もなくなり、世の中はもっと平和になるかもしれない……なるかな?
「それよりも」
切り替えるように、ヴァネッサさんが少しだけ声を張り上げる。
「あんた、リミタリー帝国に行くんなら、それと前皇帝に何か思うところがあるのなら、協力しないかい? 元周辺国の者たちに」
「……何故、俺に?」
「単純な話だよ。あんたの強さの一端は、あの時確認できた。強いのがいくら居ても構わないと思うくらい必要でね」
「いくら居てもって、相手はそんなに強いと?」
「ああ。強い。戦闘用に開発された魔道具の力は馬鹿にできない」
そう言うヴァネッサさんの表情は真剣そのもの。
油断してならない、と思わされる――が。
「気を付けてはみる……が、協力は保留で。目的が合致するかわからないし、そもそもそっちがどういう人たちかもわからないため、迂闊に答えられない」
「……まっ、それもそうだね。私としたことが逸ってしまったよ」
やれやれと肩を落とすヴァネッサさん。
逆を言えば、それだけ焦っている、ということだろう。
思ったより、事態は深刻なのだろうか。




