下地があればこそ、なのだ
カーくんが早速とばかりにブッくんを鍛えようと、外に行こうとする。
「いやいや、待て待て」
もちろん。とめる。
「いや、カーくんはブッくんとホーちゃんと話すためと、一応の念のために来ただろ?」
「……念のため? ああ、石化解除に必要な聖属性の件か。いや、大丈夫であろうよ。必要ないであろう、という方の念のためだからな。そもそも、我の鱗で弾ける程度であれば、リノファでも充分だ。何しろ、リノファは僅かとはいえ、我を動かした筋肉の持ち主だからな」
それは果たして筋肉だろうか?
どちらといえば、欲望によって体の制限が外れた、無意識の馬鹿力のような……いや、動かしたことに変わりはないし、制限が外れたといっても、それはしっかりとした下地があればこそ。
それが筋肉と言われれば……否定できない。
「でも、たとえそうだとしても、一応確認ができるまでは居てくれ」
「ふむ……そうだな。確かに確認は必要だ。世に絶対はないからな。という訳で、鍛えるのは少し待つことになるが構わんな?」
「はい! もちろんです!」
ブッくんが姿勢を正してそう答える。
いや、まあ、別にいいんだけどさ……完全に畏まっているな、ブッくん。
そこまで気を遣わなくてもカーくんは気にしないと思うが、まあ、師匠と弟子の関係だし、それぐらいが丁度いいのかもしれない。
ただ、このまま待つというのもどうかと思うので……一つ話題を振っておく。
「ところで、どれくらいの時間待つかわからないから聞くけど、ブッくんの心意気でカーくんが若い頃を思い出すって、似たようなことをしたってこと?」
「うむ。久方振りに思い出したな。聞きたいのか?」
俺は頷きを返すが、ブッくんとホーちゃんも似たようなモノだった。
いや、ブッくんとホーちゃんは俺以上に興味津々のようだ。
「いいだろう。別に隠すことでもない。あれはいつの頃だったか……」
その内母さんとリノファが戻ってくるだろうから、それまでの間カーくんの身の上話を聞いた。
―――
なんてことはない。
発覚したのは、カーくんは妻帯者であるということだった。
ただ、俺はその妻さんというのを一度も見たことはない。
どういうこと? と思っていたが、偶にラビンさんのダンジョン最下層に現れているそうだ。
といっても、そこは人と竜の違いというか時間の感覚が違う。
竜からすれば数年は一瞬――とまでは言わないが、人でいえば数日くらいの感覚でしかないらしい。
なんとも壮大な話に聞こえなくもない。
では、その妻さんは今どうしているかと言えば、お子さんに世界を見せると世界中を移動している最中なのだそうだ。
「へえ~、お子さんと………………ええ! 子供も居るの!」
「居るぞ! 娘だ! ちなみに滅茶苦茶可愛い!」
自慢するように言うカーくん。
そういう話は先に教えておいて欲しかったが、以前来たのが数年前で、人の感覚だとまたしばらくは来ないだろうから伝え忘れていた、と。
でもまあ、言われてみると、そもそもカーくんが竜の中でどれだけの年齢なのかわからないが、少なくともカーくんやホーちゃんとは見た目の年齢が離れている。
人化した状態で、だけど。
人化したカーくんの見た目なら、お子さんが居ても全然不思議ではない。
そんなことを思っていると、騎士が俺たちを呼びに来た。
あの、錬金術師、薬師、回復魔法使いが集まっている部屋に来て欲しい、と。
この場に居る全員でも問題ないそうだ。
できたのかな? と思いつつ、呼ばれているのなら仕方ない。
いつか、カーくんの妻さんとお子さんに会えればいいなと思いつつ、向かうことにした。
―――
案内された部屋に着くと、既にラフトとビネスも来ていて、件の石化している「王雷」の三人も並べられていた。
母さんとは、ニコニコと満足そうな笑みを浮かべているリノファの側に控えている。
アブさんの姿は……ない。
やはり城内見学をしているようだ。
ジルフリートさんは、漸くこの時が……と感無量の様子。
石化している「王雷」三人の側に、錬金術師、薬師、回復魔法使いが立っており、それぞれ銀色に輝く液体が入った瓶を持っている。
どうやら、ラフトとビネスも今来たところのようで――。
「できたのか!」
「できたということですか!」
確認の声をかけ、錬金術師、薬師、回復魔法使いの三人はその通りだと頷く。
そうなれば、あとは瓶に入っている銀色に輝く液体をかけるだけ。
三人は石化している「王雷」の頭上から丁寧に液体をかけていく。
液体は石化部分の表面に張り付くように流れていき、最終的に石化している「王雷」の全身を包み込んだ。
そこで変化はない。
全員が固唾を飲むのがわかる。
いや、全員ではない。
これからの結果はもうわかっていると言わんばかりに、錬金術師と薬師がドヤッとした表情を浮かべ、回復魔法使いは、こいつらは……と頭を抱え込みそうだ。
苦労しているんだな、と思っていると、石化している「王雷」の表面に付いている銀色の液体の輝きがさらに強まって、室内を大きく照らす。
ただ、これは不快な感覚ではない。
寧ろ、温かいような、なんというか……もしかすると、これが聖属性の力なのかもしれない。
そう考えている間に劇的な変化が起こる。
銀色に輝く液体が、張り付いていた部分の石化状態が消えると同時になくなっていく。
それは体の各所で同時に起こったため、ほぼ一瞬の内に「王雷」は石化状態から解け――。
「逃げ……ん? あ? 何この状況?」
「王雷」のリーダーであるニーグが不思議そうに首を傾げた。




