自分だけではわからないこともある
ゼブライエン辺境伯領軍と共に王都に向かう。
今は一領軍でしかないが、ところどころで他の領軍が合流し、大きな反乱軍となる予定だ。
ちなみに、反乱軍の中で一番多い人数で大きな力を持つのが、このゼブライエン辺境伯領軍である。
規模は辺境都市の安全に必要な人員を割いても数千人は居て、内訳は騎士や兵士だけではなく、冒険者も組み込まれていた。
それぞれを取りまとめる騎士団長、兵士長、Aランク冒険者を紹介されたが、関わることになるかどうかは微妙だ。
何しろ、俺はゼブライエン辺境伯領軍内で自由を与えられている。
正確には、自由に戦うことができるといったところか。
もちろん、大きな作戦立案時にはその場に居ないといけないし、大規模魔法を放つ時は事前に報告が必要などといったことは必要だが、まあ簡単に言えばたった一人の遊撃手のようなモノだ。
いや、違った。
一人じゃなかった。
魔法はともかく身体的には大したことがないため、護衛として「新緑の大樹」が付いてくれている。
知り合ってから行動を共にしてきたので、それなりに仲良くはなったと思う。
ただ、それでも俺が一人で行動する時がある。
竜杖で空を飛べるので偵察だ。
といっても、今はまだゼブライエン辺境伯領軍が動いたと知られていないだろうから、本格的な偵察が必要になるのは国軍が動いてからだろう。
それまでは比較的のんびりだ――と思っていたのだが、なんか変なのを見つけた。
緑色の肌で、汚れた腰布を巻いている小鬼――ゴブリンが一体で行動していたのだ。
通常、ゴブリンは複数体で行動するのだが、一体で行動しているのというのはない訳ではないが、珍しい光景なのは間違いない。
ただまあ、放っておいてもゼブライエン辺境伯領軍に見つかってやられるだけだろうし、魔法の練習にうってつけだろうと、倒すことに決めた俺はゴブリンに向けて下りていく。
実は、狙った通りに発動した魔法は、呪属性魔法の残滓みたいなのに使った、あの一回だけだった。
ここ数日、何度か練習で魔法を使ったのだが、どれも失敗している。
悔しい。
ゼブライエン辺境伯のお屋敷に少しばかり焦げ目を付けてしまったのは、ゼブライエン辺境伯は笑って許してくれたが、あれから魔法の練習は辺境都市外で、と周囲から放たれる圧力に屈したのは、今ではいい思い出である。
今度は失敗しないように、と込める魔力を慎重に絞りながら下りていくと、ゴブリンがこちらに気付く。
「一切抵抗しませんので、見逃してもらえないだろうか?」
降参、と両腕を上げてそう叫んできた。
喋るのか? と意表を突かれ、魔法を放つことなくゴブリンの近くに下りてしまう。
ゴブリンはその場に膝を揃えて畳むように座り、両手を地に付いて勢いよく頭を下げる。
「お願いします! 自分には目的が、夢があり、そのためにはまだ死ねないのです! なので、どうか命だけは! いえ、このような場で命だけ残されても生きていけませんので、できれば無傷で見逃していただきたい!」
正直だな、と思うのと同時に、なんだろう……どこかで見たことあるような光景だ。
いや、ゴブリンではなく………………あのスライムだ!
喋る魔物といい、夢があるといい、あのスライムにそっくり……いや、まさか……。
「一つ聞きたいんだが?」
「それで見逃していただけるのでしたら、なんでもお答えします!」
「もしかしてだが、どこかにあるという魔物の村に居る、パネェ神官に会うのが目的か?」
「ご存じで!」
驚きの視線を向けてくるゴブリン。
あっ、やっぱりそうなのか。
「となると、その夢というのは?」
「はい……自分、パネェ神官に会って転職したいのです!」
やっぱりか。
「自分、こうして話している通り、人の言葉がわかるのです。それで……あることを知ってしまったのです」
「あること?」
なんだろうか?
「自分たち、ゴブリンが巻いている腰布が世界一汚れたモノとして扱われているということを!」
………………。
………………。
ああ、なるほど。
確かに、自分としてはまったく気にしていなくても、誰かに世界一汚れていると言われたり、そのように扱われると知れば、許せないと思うだろう。
「つまり、そういうことを言う相手を黙らせる力が欲しくて、転職を?」
「いえ、自分も言われてから、なんか、ちょっと、そういう風に見えてしまったと言いますか。一度気になってしまうと、こう、我慢できなくなりまして。これでも結構洗ったのですが……」
ゴブリンが自分の巻いている腰布を見る。
俺も見るが……若干綺麗に……いや、やっぱり変わらないか?
「ということは?」
「はい! 洗濯が得意なゴブリンになりたいのです!」
そうきたかあ……。
なんだろう。
あのスライムと一緒で無害な感じが……いや、あのスライムが目指していたのは無害ではないか。
「ということは、人を害する気はないと?」
「ありません。寧ろ、こうして気付かせていただいたことに感謝しています」
ゴブリンがジッと俺を見てくる。
それは曇りなき眼で、嘘を吐いているようには……ああ、もう。
無のグラノさんたちというスケルトンを知っているからか、随分と甘い対応に……いや、無のグラノさんたちは元人間か。
「……わかった。行っていい」
「ありがとうございます!」
ゴブリンが地面に額を擦り付けて感謝してきた。
スライムの時も思ったけど、そもそも魔物の村に辿り着けるかどうかわからないし、放っておいても大丈夫だろう。
立ち上がったゴブリンにさっさと行けと手を振り、ゴブリンは俺に向けて会釈しながら歩み始めるが、それがオブライエン辺境伯領軍と真正面からぶつかる方向だったため、こらこらと方向を修正させる。
大丈夫だろうか? と思いつつ、偵察に戻るために竜杖に乗って空に向かった。
これが、のちに「洗濯王」と呼ばれて、世界中の奥さまやメイドたちから教えを乞われることになるゴブリンとの出会い……とはさすがにならないか。
なんか疲れたので、偵察はやめてゼブライエン辺境伯領軍の方に戻った。




