応援したくなる時もある
「……強力な竜の存在?」
目の前に立ち塞がっているブラックドラゴンが、そんなことを言ってきた。
しかし、なんの話だ?
全然ピンとこな………………いや、待てよ。
もしかして、と竜杖の竜に視線を向けた。
――どうやら、もう隠し通すことはできなくなったようだな、とでもいうような雰囲気を醸し出している……気がする。
「何故杖を見ている。そんな装飾のちんけな竜ではなく」
「はあ? ちんけな竜だと! 最早俺と一心同体と言ってもいい竜に向かって! 確かに見た目は小さいし、装飾かもしれないが、そこらの竜とは一線を画した竜なんだよ! 器のでっかい竜なんだよ!」
「お、おう……」
竜杖を突き出し、ブラックドラゴンに言ってやる。
今のは許容できない! 舐めんなよ! 竜杖を!
――へっ、他の誰に何を言われようとも、お前にそう言われるだけで満足だよ、と竜杖の竜はどこか嬉しそうだ。
「駄目よ、ブッくん。見た目で判断しちゃ。その小さな竜は装飾とは思えないような相当は力持ちよ。私でも底が見えないもの。だから、前回は敵意もなかったし、そのまま通したのだから」
「……え? 本当に?」
「本当よ。といっても、ブッくんが感じている方の竜の方が存在感は強いから、それに隠れちゃっているけどね」
「そうなのか……」
そうだぞ、ブッくん!
いや、俺はそう呼ぶのは違うか。
ブラックドラゴンが俺に向かって――正確には竜杖の竜に向かって頭を下げる。
「色々と侮るようなことを言って、申し訳なかった」
――いいよ、と竜杖の竜は器の大きさを示した気がする。
それにしても、きちんと謝れるとは、悪いブラックドラゴンではないのかもしれない。
話もできそうだし。
「それで、強力な竜の存在感ってなんのことだ? ブッくん」
……しまった。思わず出てしまった。迂闊。
「……先に無礼をしたのは俺だ。そう呼んでくれて構わない」
え? いいの? とブラックドラゴン――ではなく、ホワイトドラゴンに視線で尋ねる。
ブラックドラゴンとホワイトドラゴンの場合、主導権を握っているのはホワイトドラゴンのような気がするからだ。
「いいわよ。私たち竜は個別の名前なんてないから、そういう風に呼んでいるだけだし。私のこともホーちゃんで構わないわ」
……ちゃん付けかあ。できれば雰囲気的にさん付けしたいが……ちゃん付けの方が喜ぶんだろうな。
そんな気がする。
「アルムだ」
軽く名乗っておく。
「アルムか。覚えた。それで、だ。俺が強力な竜の存在を感じているのは、アルムの着ているそれだ。それから強力な――とてつもない強さの竜の存在が感じられる」
ブッくんが指し示したのは、俺が着ているドラゴンローブ。
……ああ、カーくんのことか。
確か、生きていれば会わせて欲しい、だったかな?
「カーくんのことか。生きているけど? 会いたいのか?」
「生きているのか! 会えるなら会わせて欲しい! というか、その呼び方……親しい仲なのか?」
「まあ、それなりに」
カーくんに聞いたら親友って答えそうだけど。
「そうか! なら……俺を鍛えてくれるようにお願いできないか?」
「鍛える? 強くなりたいのか?」
竜なのに? と不思議がっていると、ブッくんがこっちに来いと手招きして、ボス部屋の隅っこの方に行く。
小声で――ホーちゃんに聞こえないように、説明された。
なんてことはない。
強くなりたい理由はただ一つ。
ブッくんはホーちゃんを守れる竜になりたいそうだ。
なるほど。それはなんとも応援したくなるじゃないか。
ちなみに、ブッくんよりもホーちゃんの方が数段強いらしく、そのホーちゃんはニマニマしている……ところを見ると、この理由というかブッくんがどうして強くなりたいかを知っているようだ。
嬉しそうだし。
だが、こればっかりは今決められない。
どうするかはカーくん次第。
まあ、カーくんなら、その心意気や良し! とかで受けそうだけど。
でも、こういうのは勝手に決めるのではなく、まずお伺いを立ててからだ。
「わかった。ただ、今直ぐは無理だ。カーくんが了承してから、というのもあるが、先に片付けないといけないことがある。それが終わってから聞いてくるってことでいいか?」
そうなるとまた60階まで来ないといけないと少々面倒ではあるが。
しかも、レアボスでないと……まあ、そこは大丈夫か。
なんて今後のことを軽く考えていると、ブッくんも同じように思案しているような表情を浮かべていた。
「……先に片付けることとはなんだ?」
「ん? ああ、ここの64階に居るバジリスク・特殊個体とちょっとな」
「戦闘か?」
「まあ、その可能性はある。高確率で」
「そうか」
そう言って、ブッくんが一つ頷く。
「では、俺も付いていこう。アルムに死なれると困るからな!」
「いや、勝手に死亡確定にしないでくれ」
「それに、バジリスク如き、敵ではない。手伝ってやる。どうだ? 竜が味方とは心強くないか?」
「それは、まあ」
「アルムに付いていけば、わざわざここまで来る必要もなくなるぞ」
「それは素直にありがたいが……ん? そもそも出られるのか?」
まあ、無のグラノさんたちが例外的な話というだけで、基本的にそういう制限がないのは知っている。
ただ、そんな簡単に決めてというか、出て行っていいのか?
「出られるぞ。そもそも、俺とホーちゃんはここに勝手に住み着いていただけだ。いや、住み着くといっても住処という意味ではなく、定期的に休憩地、別荘とか、そういう感じで来ているだけだからな。ダンジョンマスターの方が、その時に俺とホーちゃんをボス扱いしているだけだ」
「……なんだそれ」
「そう言われてもな。実際に会ったことはないし、そういう感じ、としか言えない。意識が、いや、意思が感じられないというか……う~ん」
淡々に答えるブッくんが悩み出す。
でもまあ、こっちとしてはそれならそれで。
「まあ、出られるんなら、それで問題は……あったな。さすがに、いきなり竜を連れて行って大丈夫かどうか……」
「竜が問題か? 確かに、馬鹿な欲を出す者も居るだろうし、それに煩わされるのも面倒だ。それなら――」
ブッくんの体が突然光る。
目が! 目があ! 光るなら先に言えよ~!
少しすると視界が戻り、そこには俺と同じくらい、十代後半くらいの男性が居た。
黒髪に金眼の非常に整った顔立ちの、鍛えられた体付きの上に、武具の類は一切ない武闘家のような格闘着だけを着ている。
「こんなものか?」
手を閉じたり開いたり、軽く屈伸したりと、体の調子を確かめる男性。
その声は先ほどまで聞いていたモノで……。
「……ブッくんなのか?」
「ん? ああ、そうだ。人化の魔法を使ったのだが、どうだ? 久し振りだからな。上手くできているか?」
「……あ、ああ。問題ないんじゃないか」
というか、ブッくんは付いてくる気満々だが、いいのだろうか?
そう思ってホーちゃんを見ると――同じく十代後半くらいの白髪、銀眼の美女が居た。
こちらも格闘着を着ているのだが、体付きがよりハッキリとわかるというか……目に毒タイプである。もしくは眼福。
「……ホーちゃん?」
「もちろん、私も付いていくからね! 外に出るの久々だなあ~。楽しみ~」
駄目と言っても聞かないんだろうなあ……。
まあ、バジリスク・特殊個体との戦いに協力してくれるようだし、戦える味方が増えるのは正直言って助かる。
それが竜であるのなら、尚のことだ。




