気軽に触れてはいけないこともある
欲望に負けた。
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「暗部・隊長の秘密日記」 〇月×日
今日、部下の一人が、俺から見えないようにして鼻を押さえていた。
もしかすると、加齢臭?
いやいや、待って欲しい。
これでも、そういう歳になってきたし、前からそういう部分には気を遣っている。
もちろん暗部という立場から、匂いでバレる可能性もあるため、しっかりと対策をしているつもりだったのだが……あれか? 今日は鍛錬に熱が入ってしまった。
普段は姫さまの警護に当たっている暗部のマドンナが居たから、それでイケおじなところを見せようと張り切り過ぎたかもしれない。
それで普段より汗が……。
こういうのは自分では気付かないし、これは……そういうところにも暗部の予算を充てなければいけないかもしれない。
要検討だ。
とりあえず、暗部のマドンナに色目を使ったムカつく部下の給料をカットしていいかどうか、自分の中の天使と悪魔が戦って……悪魔が優勢のようだ。
自分に正直になれ、と悪魔が囁いてくる。
……頑張れ! 悪魔!
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時間がかかりそうなので、時間潰しと本棚の中から適当に手を取ってみたのだが、多分一番ヤバいのを引き当てた気がする。
これは、読んでいいヤツではない。
というか、どうしてここにこれが?
……まあ、見つからないと思ったんだろうな。
見つかってしまったが。
あと、とめられなかったということは、書いた本人はこの場に居ないのだろう。
隊長となると一番できる人だろうし、この国の王――ジルフリートさんの警護だから、今この場に居ないと推測できる。
ちなみに、最近の日付だった。
それと、一瞬だが妙に何かの気配が強くなったのだが……マドンナか部下のどちらかが居ると思われる。
どっちだろうか? と思っていると、部屋の外から人の気配。
マズい。ジルフリートさんが戻ってきた?
ということは、顔も知らない暗部の隊長も来る?
本能のままに手に取っていた本というか日記を元の場所にしまい、即座にソファーに座ってなんでもないとすまし顔を浮かべる。
そこに、ジルフリートさんが部屋に入ってきた。
「……ん? 何かあったか?」
「いえ、別に」
怪しまれないように直ぐ答える。
「直ぐ来ると思うのでもう少しだけ待っていてくれ」
「ああ、わかった」
そう答えつつ、意識を割く。
……何かの気配に変化はない、気がする。
どうやら、バレていないようだ。
内心でホッと安堵する。
「それで、待っている間、もう少し話を聞かせてくれないか? そういえば、10階ごとにボスが出てくるが、どうだったのだ? やはり上階の方は手強かったか?」
……どう答えたモノか悩む。
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通常ボスの話で誤魔化していると、ジルフリートさんが呼んだ人が来た。
一人ではなく、二人。
一人は男性。
黒髪で幼さの残る顔立ちに、体型も俺の半分くらい。
ただ、品の良さそうな服を着ていて……どこかで見たことがあるような……あっ、思い出した。
冒険者ギルド・総本部で、「Sなショタ」として受付していた男性だ。
もう一人は女性。
金髪碧眼の、眼鏡が非常に似合っている美女で、俺よりも高い身長のスレンダーに、こちらも先ほどの男性と同じくらい品の良さそうな服で、タイトスカートが良く似合っている。
耳が尖っているので、エルフだ。
そんな二人が来たのだが……あれ? なんか既視感がある。
いや、確かに男性の方は受付で見たが、そういうことではなく……う~ん。
というか、この二人、何故だかこちらを無視して不機嫌顔で睨み合っている。
その様子を見て、ジルフリートさんは息を吐く。
「二人共、今は抑えて、こちらに座ってくれないだろうか?」
ジルフリートさんがそう言うと、二人は睨み合いながら、男性は俺の隣に、女性はジルフリートさんの隣に腰を下ろして……やっぱり睨み合っている。
そのまま口を開いた。
「ジルフリート。どうしてそいつがここに居る? 重要な話というから、王家が冒険者ギルド・総本部に協力すると決めたのかと思ったんだが?」
男性がそう言い――。
「何を言うかと思えば、王家が協力するのは商業ギルド・総本部に決まっているでしょう? 得られる利益がそちらの冒険者ギルドとは段違いなのですから」
女性がそう言い――。
「「………………」」
二人は無言で睨み合う。
仲が悪いのは目に見えてわかるが、同じような行動を取っている辺り、相性は悪くないのでは? と思ってしまう。
しかし、話の内容から察するに、この二人は――。
確認するようにジルフリートさんに視線を向けると、ジルフリートさんは何とも言えない表情を浮かべて口を開く。
「まあ、大体わかったと思うけれど、男性の方は冒険者ギルド・総本部の統括『ラフト』。女性の方は商業ギルド・総本部の統括『ビネス』だ」
「『ラフト』……『ビネス』………………まさか!」
確か、「王雷」のクララの兄の名と、ビライブの妹の名が、そうだったような。
同時に、何故この二人が呼ばれたのかも理解できた。
「王雷」関係者というのもあるが、ビライブの妹であるビネスには、偽物とか虚偽とかを看破するという特殊な眼の持ち主だったはず。
「……それで、ジルフリート。何やらこいつとわかり合っているようだが、そもそもこいつはどこの誰だ? まさか、こいつを紹介するためだけに呼んだ訳ではないよな?」
「いくらなんでもそれはないでしょう? ただ、もしそうであるのなら、早々に帰らせていただきます。これでも忙しい身ですので」
「まあまあ、そう焦らないで欲しい。重要な話なのだ。本当に。特に、私よりもあなたたちにとって」
そう言って、ジルフリートさんが話すように促してくる。
二人からも視線を向けられ、俺はもう一度話す。
横槍は入らなかった。
まずはすべて聞いてから、というのもあるが、虚偽が入った時点でビネスがとめるとわかっているからだろう。
だから、最後まで話し終わると、ジルフリートさんとラフトはビネスを見る。
「……信じられないような話だけれど、少なくとも虚偽ではないわ」
「……そうか。石像となって……」
ビネスの断言に、ラフトは呟くようにそう言って涙を流し始めた。
ラフトだけではなく、ビネスも同様に。




