何かを見て何かを思い出すこともある
天塔・64階。
目的の階に辿り着いた。
この階にある部屋が正確な目的地だ。
その部屋は64階から来て、そう遠くないところなので、それは救いだろう。
65階への階段寄りだったら……面倒だ。考えたくない。
ドラゴンローブで助かったが、一度即死級の罠を発動させてから、生きていることの素晴らしさを感じるようになった。
死が怖くなった、ともいう。
……命を大事にしよう。
より気を付けるようになったので、より足取りは重くなったが、それでも前に進む。
………………。
………………。
どうにもおかしい。
いや、より慎重になっているから、というのもあるのだが、それ以外の要因でも足取りが遅くなっている気がする。
具体的には、目的地である部屋に近付けば近付くほど、気配を強く感じるのだ。
……邪悪な、何かの気配を。
それが足取りを重くさせている。
引き返せ、と本能が言っているような気がしないでもない。
いや、これは水のリタさんの記憶による影響かもしれないが。
それでも少しずつ進み、どうにか部屋の前まで辿り着くと……一呼吸を繰り返す。
多少落ち着いたところで……部屋の中の様子を窺うと――水のリタさんの記憶が弾けるように思い起こされる。
―――
水のリタさんが生きていた――まあ、今も生きていると言えば生きていると思うが、スケルトンではなく肉体があった頃は、今から凡そ三百年前のこと。
水のリタさんは優秀な魔法使いであった。
どれだけ優秀であったかは、十七歳で三柱の国・ラピスラの宮廷魔法使いになったことが証明しているだろう。
また、水のように流れる透き取った水色の髪に、整った顔立ちと、スラッとした体付きと、その容姿も相まって、どこか大人びて見えていた。
胸は………………うん。言及してはいけない。
そんな水のリタさんには、宮廷魔法使いになってから別の顔を持つことになる。
――冒険者。ランクA。
優秀な冒険者であった――といっても、こちらは望んでそうなった訳ではない。
まあ……言ってしまえば巻き込まれたのだ。
巻き込んだのは、当時の王子――「ニーグ・ラピスラ」。
銀髪で顔立ちも良く、細身ながら鍛え抜かれた体付きで、格闘家。
そんなニーグ王子が天塔攻略に乗り出した。
理由は――まあ、王家の威信のため……みたいなモノだったが、それは建前で、実際はニーグ王子がやりたかったから、である。
「攻略、行くぜ!」
そんな軽い感じで、水のリタさんが巻き込まれた……というよりは他から押し付けられた。
その理由は同い年だから、である。
この辺りの時期は他の宮廷魔法使いに対する呪詛が強いので割愛。
ただ、実際このニーグ王子はダンジョン攻略できるくらい強かった。
ガチのマジの天才である。
特殊に分類する雷属性を持ち、それを体に纏わせての超激速乱舞は……いや、あれに反応できる者は居るのだろうか? と言いたくなった。
そんなニーグ王子に巻き込まれたのは、水のリタさんだけではない。
その一人――「クララ」。
黒髪の幼顔の美少女だが、実際はエルダードワーフという何やらすごい種族らしく、見た目と実年齢は……いや、ここら辺は触れないでおこう。
その身に宿す力が凄まじく、重装備であっても軽々と動けるほどだ。
もう一人――「ビライブ」。
金髪碧眼の美青年で、ハイエルフという、こちらも見た目と実年齢が……いや、もういいか。
ゆったりとしたローブを身に纏い、火、風、光、闇属性の魔法使い。
長く生きている分、卓越した知識と魔力を持っている。
水のリタさん、ニーグ王子、クララ、ビライブの四人で、パーティを組んでいた。
――「王雷」。
その名が示すように、ニーグ王子がリーダーのパーティである。
実際、「王雷」の勢いは凄まじく、パーティ結成から二年ほどで、天塔・60階まで到達できるほどであった。
完全攻略――踏破も現実味がある、と言われるまでに成長する。
そうして、61階以降に挑戦した時――それは起こった。
いや、現れた、だろうか。
「王雷」は注意深く進み、運良くというか、それほど時間がかからずに上への階段を見つけることができ、64階を進んでいる時に――現れた。
現れたのは――バジリスク。
わかりやすく言えば、頭に王冠のような模様がある巨大な蛇。
ただ、それは普通のバジリスクとは少し様子が違っていた。
その身が数人を纏めて丸呑みできるほどに巨大で、王冠模様がどこか禍々しいし、鱗の色も黒いというよりはどす黒く、何やらその身から黒い靄を発していたのだ。
その姿に普通との違いを付け足すのなら、特殊個体。
「王雷」はバジリスク・特殊個体を視界に入れただけで、その危険性を感じ取る。
天塔に現れる魔物とは、何かが違っていたのだ。
ニーグ王子は直ぐに撤退を提案し、水のリタさん、クララ、ビライブも即座に同意して撤退を始めようとする。
徒歩で魔法陣がある61階まで戻る手もあるが、「王雷」は他にも手があった。
それは「簡易転移石」。
ダンジョンで極稀に入手できるモノであり、簡易と名が付くようにどこでもは無理で、手に入れたダンジョンの入口に戻ることができる、魔法陣が描かれた手のひらサイズの石。
ニーグ王子がリーダーとして持っており、それを使うために取り出そうとした瞬間、バジリスク・特殊個体が「王雷」に気付いて、その大きさに見合わない速度で、「王雷」に迫った。
簡易転移石を使う暇もないほどに。
そこで即座に切り替え、バジリスク・特殊個体と戦闘を始める「王雷」。
いや、戦闘しつつ、簡易転移石を使う機会を窺っていたのだろう。
というのも簡易転移石でダンジョン入口に戻れるのは、使用時に簡易転移石に触れていたモノだけなのだ。
しかし、バジリスク・特殊個体は凄まじく強く、四人が揃う隙がない。
奮闘するがボロボロになるまで追い詰められ、そこで勝負に出る。
「ないなら作り出すまでだあっ!」
ニーグ王子が簡易転移石を水のリタさんに渡し、自身は切り札である雷属性を纏った状態での超激速乱舞でバジリスク・特殊個体を倒せないまでも押しとどめ、その隙にクララとビライブが水のリタさんの下に集い、合わせてニーグ王子が激速で戻った瞬間――簡易転移石を起動。
と同時に、バジリスク・特殊個体の――バジリスクとしての特殊能力である、見たモノを石化させる石化眼によって、ニーグ王子が……クララとビライブが瞬時に石化し、簡易転移石から手が放れる。
石化眼は水のリタさんも捉えていたが、その手に持つ簡易転移石が先に石化し、ヒビが入った瞬間に水のリタさんが転移。
本来なら、天塔の入口に戻れる。
しかし、石化にヒビと、不完全な発動となったのだろう。
本来ないはずの不確定転移となり、水のリタさんが転移した場所は、ラビンさんのダンジョンの大穴の上。
水のリタさんは大穴に落ち、元々ボロボロだったということもあって、そのまま最下層まで落ちて――スケルトンとなった。
―――
水のリタさんは直ぐにでもここに戻りたかったようだが、それはできなかった。
水のリタさん――いや、無のグラノさんたちがラビンさんのダンジョンから出られないのは、ダンジョンから生み出された魔物ではなく、人から魔物になった影響によるモノだそうだ。
魂とか定着とか……色々と細かい規定みたいなのがあるらしい。
だから、水のリタさんはここに来ることを諦めるしかなかったが――俺はここまで来た。
そして、部屋の中を見て記憶が一気に思い起こされた理由は、既に視界に捉えている。
ニーグ王子、クララ、ビライブ――「王雷」のメンバーが石化した状態のまま、そこに居たからだ。




