足りなければ駄目な時は駄目
天塔・41~49階。
推奨冒険者ランクBともなれば、ダンジョンの大きさもそうだが、現れる魔物にも注意していかないといけない。
水のリタさんの記憶のおかげで迷うことはないし、罠も把握できている。
魔物の方だけに集中できているからこそ、まだ対処は充分可能だった。
実際、曲がり角の先とかから身を隠しながら通路を埋め尽くすような魔法を放って倒しているので問題ないが、まともにやり合えば危険だろう。
少なくとも、気を抜けない。
あと、不意を突けないようであれば遠回りしているので、そこまで魔物とやり合っているという訳ではない。
安全が第一であり、命があればこそ、だ。
無理はしない。
あと、ここまで来ることのできる者の数は少ないのだろう。
俺以外の者の姿は見かけなかった。
広いしな、ここ。
ポツン、と俺一人ではない、と思う。
―――
天塔・50階。
漸くここまで来た、という感じ。
安全のために遠回りもしているので、時間がかかった。
ボス部屋に入る前に、魔物が出ない部屋で一休みする。
王城の料理長による美味しい料理で気力は回復したので、体を休めるために光属性魔法で念のための檻を作り、一眠り――。
「……目が! 目があ!」
起きた瞬間、どこかでやった同じミスをしてしまった。
光属性魔法の檻は起きた時が一番危険である。
まあ、これが一番安全というか、眩しいこと以外は使い勝手がいいので仕方ない。
闇属性か土属性、あるなら無属性でもいいので、快適に寝起きができる属性を切に願う。
美味しい食事を取り、体を解すように少し運動したあと、ボス部屋へ。
ここのボスは通常はシルバーゴーレムとゴールドゴーレムがそれぞれ一体ずつ。
つまり、強固なゴーレムを二体同時に相手をしなければいけない。
……単独で大丈夫だろうか?
入ると同時に魔力消費無視で魔法連発するのも一つの手かもしれない……いや、安全面を考えるなら、それがいいと思う。
倒してしまえば、あとは休んで回復すればいいだけだし。
そうだな。そうしよう。
そう判断して、ボス部屋の扉を開けて中へ。
シルバーゴーレムとゴールドゴーレムは……居なかった。
いや、もしかしたら……と思ってはいたが、ないと思えばない、と信じているだけだ。
現実を見ると、ボス部屋の中は非常に広く、まるでゴーレムと戦ったあとのように金属の塊が至るところに散っている。
足元には、片手で持てるようなサイズの金属でできた球体。
手に取って確認するが……別に特別なモノという雰囲気はせず、ただただ丸いだけの金属球だ。
「なんだこれ。というか、ボスは?」
居ない? あるいは戦闘直後であって、このまま先に進めるのでは? と思った時――。
「ふはははははっ! 何も居ないと安心したか!」
「何者だ! どこに居る!」
「我はここに居る! 貴様の目の前にな!」
周囲の様子を窺うが、影も形もない。
「何を言っている! どこにも……」
いや、待て。まさか――。
「気付いたようだな! そう! そこらにある金属の塊はただの塊ではない! 我の体の一部だ! 見せてやろう! 美しく輝く我の姿を! 行くぞ! 大合体!」
それが合図となり、ボス部屋内にある金属の塊がすべて空中に浮かび、一か所に集まっていく。
まず、何個かが集まり組み合わさって、さらに大きな形――見た感じで言えば、手や足、胴体といった形を取っていく。
そこからさらに組み合わさり、腕のような部分に手が回転しながらはまっていき、はまりきると手が握ってから開く。
足部分はまず一直線に繋がって足先が曲がり、さらに自重をしっかり支えるようにふくらはぎ部分に金属の塊が組み合わさる。
巨大な胴体部分に手と足が組み合わさり、最後に頭部が天から降り注ぐ星のように飛来して組み合わさった。
それら一連の動きが空中で展開したあと、ド、ズゥン! と大きな音を立てて床に降り立ち、ポーズを取りながら声を上げる。
「最硬合体! プラチナゴーレム!」
なるほど。プラチナ。
シルバーゴーレムでもなく、ゴールドゴーレムでもない。
つまり、レアボスか……いや、それはいい。
出て来たのなら仕方ないと、これまでのことから諦めはつく。
しかし――。
「いや、名乗りは別にいいのだが、手足が逆だと思うのだが?」
そう指摘する。
そうなのだ。
人の五倍はありそうな巨大さがあるのに、手足が逆にくっ付いている。
手で自分を支えて、足を垂らす……逆立ちしているような形で、巨大さも相まってどこか間抜けに見えるのだ。
ついでに言えば、足がそこにあると頭部が……いや、そこは見逃しておこう。
俺の指摘に、プラチナゴーレムが自身の姿を確認して慌て出す。
「え? あれ? どうして? おかしい? なんでこんな姿に………………」
プラチナゴーレムの視線が俺に――正確には俺の手元に注がれる。
そこにあるのは……金属の球体。
「それは! 我の体を正しく合体させるために必要な制御球! か、返せ!」
いや、返せと言われても、そういうことを聞くと返したくないのだが。
知る前だったら返していたと思うが。
「くそっ! 返せと言っている! 『特大拳噴射』!」
言葉から推測するのであれば、腕から拳が飛び出し、相手を粉砕するのだろう。
しかし、今はその手が足の代わりに体を支えている。
そのため、手は飛び出して床に埋まり、その反動で体は浮いて、プラチナゴーレムは倒れた。
「あいたっ! おのれ! 卑怯な!」
いや、何もしていないのだが。
自分でやって、自分で倒れただけなのに。
まあ、さすがはレアボスのプラチナゴーレムと言うべきか、それでダメージは負っていないようである。
「こうなったら、もう一度――行くぞ! 大合体!」
プラチナゴーレムが一度バラバラになって、再度組み合わさっていく。
胴体の間に頭部、横に手、上から足が垂れ下がる。
……まあ、そういう生き物に見えなくもない。
「くっ! 次こそ!」
次は、頭部は正しいが、足が胸から突き出し、背中から羽のように手が組み合わさる。
「まだまだ!」
今度は、上半身と下半身の間に頭部、手、足のすべてが挟まった。
「この程度で!」
そのあともプラチナゴーレムは合体を何度も繰り返していくが……駄目だった。
今は、足と胴体は正しい位置だが、右膝に頭部がくっつき、両手が胴体の上から花のように咲いている。
「……あの、もう通ってもいいので、制御球を返してください。お願いします」
「でも、返したら襲いかかってくるかもしれないだろ」
「決して! ええ、そのようなことは決して!」
懇願しているし、なんというか泣けるのなら泣いていそうな雰囲気だ。
まあ、正しい合体を試み続けて、結構な時間が経っているしな。
大人しく待っていた俺を褒めて欲しい。
さすがに可哀想なので返す。
プラチナゴーレムは金属球を内部に取り込み――。
「……行きます! 大合体」
元気はなかったが、プラチナゴーレムは正しくゴーレムの形となった。
プラチナゴーレムは自身の体を確認するように見たあと、奥の扉を開け……その場に膝から崩れ落ちる。
「……ふっ、ぐっ……うぅ……」
両手で顔を押さえ、本気で泣き始めるプラチナゴーレム。
でもきっと、これは嬉し泣きだろう。
それに、この場に居続けるのも無粋というモノだ。
「……良かったな」
そう一言だけ告げて、俺は開いた扉から先に進んでいった。




