本当にキツイというか、つらいというか
天塔を再び上っていく。
―――
天塔・1~30階。
特に問題なし。
一度通った道であるし、脅威も存在しない。
ボス部屋に関しては、一瞬またレアボスなのでは? と疑いと覚悟を持って扉を開けたが、10階、20階、30階どれも普通だった。
直ぐに魔法を放って倒す。
……なんだろう。これが普通なのだが、レアボスではないことに僅かながら寂しさが……いや、ないな。
まあ、あれらをレアボスと言っていいかどうかは微妙だが。
行動は間違いなくレアだったけれど。
―――
天塔・31階。
推薦状を書いてくれた騎士と再び出会う。
今度は「探索許可証」を持っているので問題なく通してくれた。
ついでに、王家所属というか協力することになったことも伝えておく。
「そうか。それは嬉しいが、無理せず、死なないようにな」
頷きを返して、上へと進む。
―――
天塔・31~39階。
水のリタさんの記憶によると、ここから攻略難易度が上がる。
何しろ、推奨冒険者ランクCだ。
アブさんのダンジョンでもそうだったが、空間が広がり、見た目以上の広さとなっていて、単純に最短で階段から階段に向かったとしても、これまでと違って時間がかかる。
その上、罠の危険度も上がり、死亡率が上昇。
現れる魔物も強くなっているし、集団で現れる場合も増える。
かなり危険ではあるが……まあ、水のリタさんの記憶にある攻略は完璧に近いので、問題なく進むことができた。
魔物も魔法で倒せる。
ただ、出会い頭とか不意にとかに気を配って行動しないといけない。
魔法の力が強くとも、俺自身は貧弱……いや、普通なのだ。
ドラゴンローブの防御力は相当だと思うので大丈夫だと思うが……まあ、慢心は良くない。
多少進行速度を落とすことになったが、安全を重視した。
―――
天塔・40階。
気を付けて進みつつ、ボス部屋の前まで辿り着いた。
ボス部屋待ちは居なかったので、直ぐに入れる。
まあ、「探索許可証」が必要であるし、ここまで来れる者の数もそれだけ少なくなっているということだろう。
扉を開ける前に、水のリタさんの記憶を思い起こす。
ここに現れる通常ボスは――ミノタウロス。
人の倍は大きい牛頭人身の魔物だ。
………………。
………………。
「ふぅ~……」
大丈夫。大丈夫。そうそう出ない。そうそう出ない。あっ、逆に出そうな気になってきた。いや、出ない。出ないったら出ない。大丈夫。こういう時無欲の方が出そうな気がするが、そんなのは気のせいだ。無欲で出た時より求めて出た時の方が喜びは一層大きくなる。そういうこと。だから、出ない!
カッ! と目を見開いて扉を開ける。
「ブオオオオオオオオオオッ!」
咆哮がお出迎え。
その相手は――ミノタウロス。
良し! 通常ボスだ!
ちょっとその体躯が人の倍ではなく三倍くらいで、肌もどことなく赤黒くて、その手に持っている大斧が体躯に合わせて尋常ではない大きさに、頭部の左右から禍々しい角が生えているが……まあ、姿形はミノタウロスで間違いない。
だから、ブラックとかダークとか、ハイとかスーパーとか、名前の前に何か付きそうだが、ミノタウロスだ。
通常……レア……いや、ミノタウロスだから通常だ。
あとは倒すだけ。
普通のミノタウロスと違って強そうだから、使う魔法も強力……違う。馬鹿。俺。あれはミノタウロス。強い弱いではなく、魔法で倒すだけ。そう。魔法の強弱なんて些細な問題で気にすることはない。
ボス部屋に入り、ミノタウロス? と対峙する。
対峙して伝わってくる強者感というか威圧感。
只者ではない雰囲気に、死闘の予感を胸中に抱く。
自然と喉が鳴り、構える竜杖を強く握り締める。
「ブオオオオオオオオオオッ!」
ミノタウロス? が咆哮を上げながら大斧を振り上げ、俺は身体強化魔法を発動して大斧による攻撃を避けて魔法を放とうと魔力を漲らせ――ん?
「ブ、ブオ……ブオオオ……」
あれ? ミノタウロス? の様子がおかしい。
大斧を振り上げたままで固まっている。
ん? ん? どうした? なんで動きをとめた?
それに、小刻みに震えているようだが……何があった?
不思議に思って見ていると、ミノタウロス? の一部がおかしいというか、どうしてそうなっている? というところがあった。
足が内股になっているのだ。
ハッキリ見た訳ではないが、さっきまで――入った時は違ってしっかりと開いて立っていたはず――と思い返していると。
――ゴロロロロロ。
と雷が鳴ったような音が響き――。
――ギュルルルルル。
何かが絞られるような音が続いた。
合わせて、ミノタウロス? がウッ! と口を突き出し、特に顔だが全体的に汗をかき始める。
………………。
………………。
ああ~、なるほど。
「……ヤバい?」
俺の問いに、ミノタウロス? は小さく頷く。
それが精一杯のようで、他に気を回せないような感じだ。
一応、念のために聞く。
「戦える?」
ミノタウロス? は無理だと小さく首を横に振る。
そうか……無理かあ。
死闘が始まると思ったのだが……まあ、ミノタウロス? の方は既に死闘が始まっているけれど。
「じゃあ、帰る?」
ミノタウロス? は小さく頷いて、一度、申し訳なさそうに頭を上げたあと、奥の扉に向けて動き出す。
ただ、大きく動けないのだろう。
刺激を与えないようにちょこちょこと足を動かしながら、去っていく。
まあ、あの状態のミノタウロス? を倒すのもね。
後々の対処が酷いことになりそうだし。
魔力温存という意味でも助か――あれ? 奥の扉の前でとまった。
何かを訴えるかのように、チラリと俺を見てくる。
「………………ああ! 開けて欲しいのか」
ミノタウロス? が頷く。
扉は重そうだし、開けるのもそれなりに力が必要そうなので、余計な力というか、力を分配するとヤバいのだろう。
でも、ボスを倒していないのに開くのだろうか?
……開いたな。
ここら辺はよくわからないが、この部屋の主であるボスならある程度の裁量があるのだろう。
ミノタウロス? は助かります。ありがとうございます。と小さく頭を下げて、開いた扉を取ってどこかに去っていった。
間に合うことを切に願う。
そして、俺は……まあ、先に進める訳だし、いいか。
天塔・41階へと向かう。




