それが自分だと気付かない時もある
翌日。朝。
食堂で出された朝食は、ベーコン、レタス、トマト、チーズをパンで挟んで真ん中から二つに切ったサンドに、濃厚なチーズの塊と、粒がたっぷりのコーンスープ。
柑橘系の果汁が含まれた、口当たりがさっぱりとした果実水もある。
サンドの断面の彩りが良く、非常に食欲がそそられる。
……まあ、朝からガッツリでもいけるが。
サンドを口にすると、マスタードが塗られていることに気付く。
……うん。少量ではあるが、アクセントになってより美味い。
そうして朝食を楽しんでいると――椅子に座る音が聞こえてくる。
いや、普段なら別に気にしないのだが、今回は気になった。
何しろ、テーブルを挟んだ対面に、何の断りもなく座った者が居たからだ。
相席を了承していないし、そもそもお願いされてもいない。
というか、空いているテーブルだってある。
なんで、わざわざここに……朝だし、寝ぼけて間違えたのだろうか?
対面に座った相手を見る。
銀髪の、三十代後半くらいの男性。
端正な顔立ちで、どことなく気品がある。
それに体付きも細見だがしっかりと鍛えられていて、着ている服はシャツにパンツと普通だが、その品質は普通ではないというか高そうに見えた。
「おはよう」
「はあ、おはよう」
朝の挨拶をされたので、同じように挨拶をする。
まあ、これは仕方ない。
おはようと言われたらおはようと返す。当然のこと。
ここから会話が始ま……で、誰だ?
女将さんに怪しい人が来ていますよ、と教えた方がいいだろうか、と思っていると、対面の男性が声をかけてくる。
「念のための確認だが、キミが『通りすがりの凄腕魔法使い』だろうか?」
………………。
………………。
うしろを確認。男性戦士が大口を開けてサンドを一口で頬張っていた。
あれはあれで美味そうな食べ方に見える。
しかし、魔法使いではないし、他には誰も居ない。
つまり……。
「俺のことか?」
「キミの他に誰も居ないと思うが? それに自らそう名乗っているはずだが?」
「いや、確かにそうだが、信じてもらえないというか、軽く流されるというか、大きく見せているように見えてしまうのかもしれない。だから、誰も俺をそんな目で見ないというか……」
言っていて悲しくなってきた。
頑張れ、俺。
自分たちを食べて元気になれ! て朝食が言っているような気がしないでもない。
食べて、元気!
勢い良くサンドを口に含む。
「えっと、その……頑張れ」
「今はその言葉でも嬉しい」
対面の男性の、どう言っていいかわからず、それでもなんとか絞り出した言葉は、素直に嬉しかった。
励まそうとする気持ちが大事なのだ。
「……し、しかし、それはキミが何をしてきたのかを知らないからだろう」
「ん?」
「キミの名が挙がるまでは、それまで一切そういう素振りがなかったにも関わらず、フォーマンス王国の害となっていた者たちを排除し、冒険者の国・トゥーラでは魔物大発生においてボスとなる魔物を倒すといった活躍に、森の国・フォレストガーデンにおいても似たような状況で国と人、それと世界樹も守りきり、最近での話となると海洋国・シートピアでは大物海賊団による奇襲を退けて王家を守った――だったかな」
「それだけ聞くと、随分と凄腕のような……」
いや、待て。
確かに俺がやったことに間違いはないが、だからといって、どうして対面の男性がそれを知っている?
別に吹聴している訳でもないし、全部別の国での出来事だ。
それを特定の人物が一人で行ったとは、普通は思わないし、結びつけないはずだ。
……まあ、どこでも「通りすがりの凄腕魔法使い」と名乗ってはいるが。
訝しむように視線を向けると、対面の男性は笑みを浮かべる。
「ああ、済まない。警戒させてしまったようだ。キミを害する気は一切ない。ただ、昨日、この宿屋で争いが起ころうとして、それをとめたキミのような者に協力して欲しいだけだ」
昨日の今日で知っているのか。
「……協力、ね。何を? というか、そもそも誰だ、お前は」
そう尋ねると、対面の男性はまあまあと手を動かす。
「私が何者かについては、そうだな……この国の王家関係者、と表すのが正しいかな。一応言っておくと、冒険者ギルド・総本部と商業ギルド・総本部の双方と懇意にしているから、色々と情報を得ることができる立場にある。それで、キミのことを知っている、という訳だ」
「なるほど。王家関係者、ね」
まあ、そう言われてみると、いい服を着ているし、そう見えなくもない。
そう判断していると、王家関係者と名乗る男性は笑みを消し、真面目な表情を浮かべる。
「キミがこの国――いや、王都・ガレットに着いたのはつい最近、で合っているかな?」
「……ああ、その通りだ」
「なら、キミはこの王都・ガレットの現状をどう思う? 具体的に言えば、冒険者ギルド・総本部と商業ギルド・総本部が対立していることを」
「……面倒で迷惑だな、と思う。特に勧誘が」
「それは私もそう思う。……ここに来るまで、何度声をかけられたことか。私を誰だと……」
王家関係者と名乗る男性が急に闇を放出し出した。
その気持ちは大変良くわかる。
うんうん、と頷きつつ、口を開く。
「まったくもって同意だな。まあ、競い合うのは別にいいと思うが、現状はそれを超えているように見える」
「そう。その通りだ。仲裁、中立の立場である王家としては、長年に渡って頭の痛い問題で、どうにか改善してくれないかと思っている。そのために、これまで多くの人と国を救ってきたキミの協力をお願いしたい。だが、キミの意思を尊重するので、これは強制ではない。……まあ、いきなりこんなことを言っても戸惑うだろうし、考える時間は必要だろう。だから、もし少しでも協力したいと思ってくれるのなら、王城に来てくれないか? 詳しい話はそこでしよう。もちろん、話は通しておくから」
それだけ言って、王家関係者と名乗る男性は立ち上がって去っていった。
まあ、このあと行くつもりだったんだが、さすがに今直ぐ行かなくてもいいか。
あとを追っているようで嫌だし。
……あっ! でも、ついでに推薦状を渡しておけば良かったかもしれない。
そうすれば手間を省けたかも……うん。粒たっぷりコーンスープ。美味い。
まずは朝食を食べ終わってからだな。




