やり過ぎてはいけません。寧ろ、やってはいけません
天塔・11~19階。
ダンジョンとしては、それほど変化はしていない。
1~10階に比べれば、現れる魔物は多少強くなっているが、推奨冒険者ランクEということもあって、初心者ではなく少なからず経験を積んだ新人クラスといったところか。
まだまだ楽勝。
特に寄るようなところもないので、水のリタさんの記憶を頼りに、最短で進んでいく。
―――
天塔・20階。
ボス部屋の扉の前に着いた。
特に並んでいる者は居ない。
まあ、ここもそれほど苦労するようなところではない。
水のリタさんの記憶が確かなら、オーク三体なので、ランクEからランクDになろうというレベルであれば問題なく対処できるだろう。
ただ、脳裏に浮かぶのは――10階での出来事。
………………。
………………。
まっ、大丈夫だろ。
あんな感じであったこととはいえ、レアなのは変わらない。
逆を言えば、そうそう起こることではないのだ。
何も起こる訳がない――と考えながら扉を開ける。
ほおら、中にオークが三体……居ない?
いや、居るには居る。
ただし、その数が違う。
オークが一体。
いや、それも正確には違う。
明らかにオークではない。
オークは簡単に言えば二足歩行の豚の魔物。
豚のような頭部に、非常にふくよかな体型を持つ。
けれど、中に居る一体はそんなオークをさらに大きくふくよかにして、顔つきが少々凶悪になっている。
他にも武装していた。
手甲と脚甲に、大槍と大盾。
見た感じで言えば、オークの上位存在――ハイオーク。
間違いなく、オークよりも強い。
それがボス部屋の中に居た。
しかも、ハイオーク一体だけではない。
『ウウウウウゥゥゥ……』
獰猛な唸り声を上げる狼――普通の狼よりも体躯が大きく、頭部から一本角が飛び出している狼の魔物が六体付き従っていた。
ハイオーク一体に、狼の魔物が六体。
………………。
………………。
良し。無理はしない。
ここは一度扉を閉めて……閉めて………………閉まらないだと!
やり直しはできないということなのか!
……仕方ない。ここは開始早々というか、ここから魔法でも放って――と考えていると、ハイオークがこちらに気付く。
「漸く獲物がきたようだな! 待ちわびたぞ!」
そう言って、ハイオークが愉快そうな笑みを浮かべ、大槍を横薙ぎに振るう。
ブオン! と空気が震える。
「グッブッブッブッ! しかし、人間一人とはな。これはこいつらに骨までしゃぶられ、血の一滴まですすられること間違いなし! 何しろ、こいつらの狂暴性を上げるために、ここ数日飯抜きにしたからな! 狂暴だぜえ! 何しろ、飢えているんだよ……餓えているんだよぉ!」
……なるほど。だからか。
「飢餓状態のこいつらはこええぞお……食いついて放さない! 食べ尽くすまでとまらない! そんな時に来た己の運命を呪うんだなあ! いや、そうなるように仕向けた、この俺さまの知略になあ! グッブッブッブッ!」
状況は大体わかった。
確かに、ハイオーク一体に、飢えた狼の魔物六体とか、正直言って勘弁して欲しい。
ただ、一ついいだろうか?
……その、飢えた狼の魔物六体……俺よりもハイオークに興味があるというか、俺ではなくハイオークの方を餌として見ている気がするんだが。
何しろ、俺をチラッと見て――駄目だ。食うところがない。みたいに直ぐそっぽを向いて、ハイオークを見て餌だ……量もあるだろうし、こいつは美味そうだ……と涎をだらだら垂らしているし。
ご飯を抜かれた恨みもあるのかもしれない。
少なくとも、あれはハイオークをもう飼い主として見ていないな。
ハイオークはそれに気付いていないのだが……大丈夫だろうか?
「さあ、食事の時間だ! 遠慮は要らん! 食べろ! 食べてしまえ! 食べ尽くしてしまえぇ~!」
『ギャウワアアアアアァァァッ!』
狼の魔物六体が一斉に襲いかかる。
俺――ではなく、ハイオークに。
「は? いや、ちょっ! お前たち! ち、違う! 俺ではない! あっち! あっちの方! ちょ、痛い! 痛いから! 俺は餌じゃない! 言うこと……聞けえ!」
噛みつかれている狼の魔物六体を振り払うために、ハイオークが大槍を振るう。
しかし、その前に狼の魔物六体は瞬時に離脱しており、ハイオークが次の動きを取る前に、狼の魔物二体がハイオークの手と腕に嚙みつく。
「つっ!」
痛みで大槍を落とすハイオーク。
反対側でも同じことをされていて、大盾も落とした。
こうなると、ハイオークはもう打つ手がない。
「ひっ! やめ! 飯抜いたことを怒っているのか! 悪かった! 悪かったから! 許して――」
許されなかった――というよりは、狼の魔物六体の食欲が旺盛過ぎて、ハイオークはあっという間に食い尽くされてしまった。
ご飯抜き過ぎるから……。
飼い主なんだから、きちんとご飯をあげないと。
自業自得だな、これは。
そう思うが、魔物が居なくなった訳ではない。
腹のふくれた狼の魔物六体との戦闘が――。
『ガウガウ……ガウゥ』
狼の魔物六体は、残ったハイオークの骨を適当にガジガジ噛み、中にはそのまま噛みながら、もうここには用はないと満足そうな雰囲気で去っていった。
お腹一杯になったのかな。
残されたのは、俺と骨だけになったハイオーク。
「………………まあ、いいか」
特に何もしなかったが、通って大丈夫そうなので、そのまま21階へと向かう。




