懇願されると躊躇う時もある
天塔・10階。
ここには上へと向かう階段に行こうとするのなら、必ずボス部屋を通らなければならない。
いや、ここだけではなく10階毎にあって、転送魔法陣で1階に戻るためにはボス部屋を越えなければいけないのである。
ここはその最初。
水のリタさんの記憶通りなら、ホブゴブリンとゴブリン四体が相手だ。
ただ、それは絶対ではない。
両ギルド・総本部で聞いた話によると、普段とは違うレアボスも存在しているそうだ。
といっても、それが出るのは極小確率なので、引き当てることはないだろう。
道に関しては、水のリタさんの記憶を頼りに進んでいる。
今のところは違っている部分はないので、迷うことはなかった。
そうしている内にボス部屋に辿り着く。
ボス部屋の扉は中が戦闘中でなければ開くことができ、一度に入れるのは五人までで、入って少しすると扉は自動で閉まるようになっている。
今、扉の前には誰も居ない。
まあ、ここはまだ推奨冒険者ランクFなので、突破に時間がかかるといったことがないのだろう。
扉を押してみると開きそうなので、中が戦闘中ということもない。
なので、そのまま気にすることなく扉を開けて中に入る――。
「ちょっ! ちょ、待って! ほんとに待って! 悪かった! 俺が悪かったから! ちゃ! 話だけでも聞いて! いや、ほんとに!」
何か懇願するような声が聞こえてきた。
見れば、そこそこ広いボス部屋の中央――ゴブリン四体が何かを囲んでフルボッコにしている。
まさか、誰かがやられているのか?
助けに向かわないと――と思って行動しようとする前に、フルボッコにされている存在が俺に気付く。
すると、ゴブリン四体の輪を無理矢理抜けて、こちらの方に駆けてくる。
その姿は、ゴブリンを全体的に大きくしたような魔物――ホブゴブリン。
ホブゴブリンが泣きながらこっちに駆けてきたので、魔法を発動しようと手を前に――。
「待って! 待って! お願いだから待ってください! というか、助けてください!」
懇願されたことで躊躇いが生まれ、ホブゴブリンの接近を許してしまう。
しまった! と身構えるが、ホブゴブリンは俺を通り過ぎて――というか、俺を盾にするように後ろへ。
「おいっ!」
何を、と思うが、そこにホブゴブリンを追ってきたゴブリン四体が俺の前に来て、「ギャー!」「ギャウワ!」と騒ぎ出す……だけ?
俺に対して攻撃が行われない。
前も後ろも。
「ごめん! ほんとごめんって! 悪かったって!」
というか、ホブゴブリンは変わらず俺を盾にしたまま、ゴブリン四体に向けて謝っている。
対して、ゴブリン四体は俺を無視してホブゴブリンに視線を固定して、叫び具合から考えるとどこか責めているように見えた。
………………。
………………。
これ、俺居なくてもいいような気がする。
しかし、さすがにこのままというのもどうなんだろうか。
魔法で纏めて倒してもいいが……一度躊躇ってしまった手前、それはどうだろうと思ってしまう。
「……まあ、待て。頼むから待て」
俺は仲裁するように両方に向かって手を動かす。
そこで漸くゴブリン四体は俺に視線を向ける。
ただし、敵意のようなモノはあまり感じられない。
寧ろ、あんた何? みたいな感じだ。
対して、ホブゴブリンは救世主でも見るように助けを懇願している目を俺に向けている。
その目、やめろ。
「どういう状況だ、これ? ここはボス部屋じゃないのか?」
説明を求めるが、ホブゴブリン、ゴブリン四体――両方から一斉に言われて何を言っているのか聞き取れない。
特にゴブリン四体の方は叫び声にしか聞こえないので、さっぱりだ。
「待て……待て!」
少し強く言って黙らせる。
「何言っているのか、さっぱりだ。だから、別々に聞く。まずはこっちから」
戦うかどうかはわからないが、まずは目の前の問題を片付けてからだ。
なので、ホブゴブリンの方から話を聞こうとしたのだが、ゴブリン四体からの圧が強く、しどろもどろで何を言っているのかわからない。
そのため、ゴブリン四体から距離を取り、再度聞く。
「どういうこと?」
「一対四ってどう思いますか? いや、わかりますよ。種族的にホブゴブリンとゴブリンですから、強いのは自分の方だって言いたいのは! ですが、それは個として見た場合で、ホブゴブリンといえども、数で押し切られると太刀打ちできないと言いますか――」
「いや、それは状況を見ればわかるから。だから、そんな状況になった経緯を」
「そんな時にあなたが現れた! まさに救世主だ! 自分とあなたならこの状況を打破できるはずです! あっ、と言いましても別に倒して欲しい訳ではなく、いや、寧ろ絶対に倒さずに、できれば落ち着かせて欲しいと言いますか……」
……怪しい。
なんというか、状況がわからないままに俺を手伝わせようとしているな、これ。
なので、ゴブリン四体から聞き取ることにする。
ホブゴブリンが邪魔してくると思っていたが、特にそういうことはない。
多分、俺が聞き取れないと思っているからだろう。
甘い、としか言えない。
何も言葉だけが伝達手段ではないのだ。
―――
ゴブリン四体からの身振り手振りで知り得たのは、まずゴブリン四体は全員女性で、男性であるホブゴブリンの妻だということ。
所謂ハーレムである。
ただ、このホブゴブリン。つい先日、魔が差してしまったそうだ。
このゴブリン四体とは別の女性に手を出してしまった、と。
その上、初犯ではなく、これまでにも何度か……だそうだ。
なるほど。それは駄目だ。
「我慢できなかったのです! そう、つい! 思わず!」
と、ホブゴブリンは両手を組んで泣きながら弁明するが、庇う必要はない。
「判決……有罪」
俺はホブゴブリンをゴブリン四体に引き渡した。
ありがとう、とゴブリン四体が頭を下げるので、俺も下げておく。
ホブゴブリンは泣いて謝るが、ゴブリン四体が奥の扉を開けて連れ去っていった。
残されるのは俺だけ。
えっと……これは勝った、ということでいいのかな?
よくわからないが、少なくとも奥の扉――その先に11階への階段があるはずの扉は開いているので、そこから先に進むことにした。
出くわしたくないので、少し間を置いてから。
……あれ? ホブゴブリン喋っていたけど、もしかしてこれ……レアボスだったのか?
まあ、先に進めるし……どっちでもいいか。




