迷うことはいくらだってある
次――水のリタさんの故郷というか、思いを果たしに行こうと思う。
これまでならアブさんが共に来るのだが、今はアブさんのダンジョン地下6階の海階層に拠点を築く相談を「青い空と海」の船員たちと相談中で忙しそうだ。
一応、確認。
「次に行こうと思うが、どうする?」
「ついては行きたい……しかし、今は拠点製作で……」
「だと思った。まあ、そっち優先でいい。何しろ、アブさんのダンジョンにとって大切なことだからな」
「すまない。だが、終わり次第駆け付けよう」
「ああ、わかった」
その内合流するだろう。
あとは水のリタさんに話をしに行こうと思ったのだが、その前にドレアにも言っておかないといけない。
「ドレア。俺はこれから出かけるが、どうする? 王都・ポートアンカーまで送った方がいいか?」
「いや、大丈夫だ。しばらくはここに居て、ウィンヴィさまに海神の槍について指南を受ける予定だ。どれくらいの時間がかかるかわからないから、グラスにも出るのが少し長くなるかもしれないと伝えてある」
「そうか。まあ、俺も度々戻ってきているから、その時に言ってもらえれば送る」
「ああ、わかった」
そう答えて、ドレアは誰が海神の船を使うのかの話し合いに戻っていく。
俺としてはゼルさん――「青い空と海」が一番いいと思っている。
そうして、水のリタさんの下へ。
俺が来ることがわかっていたように出迎えられた。
「……行くのですか、アルム」
「ああ。リタさんの代わりに、俺が行ってくる。何か残っているかもしれないし」
「それは期待していません。ですが、ありがとうございます。……ただ、あそこは私たちの過半数以上の魔力を受け継いだ今のアルムであっても、非常に危険な場所です。無理をせず、常に撤退を視野に入れて動くように……それと、必ずここに戻って来るように。ここには頼りになる者が多く居るのですから」
わかった、と頷き、相談や話し合いをしている人たちを除いた皆に見送られながら、いつもの魔法陣からラビンさんの隠れ家に移動して出発した。
―――
竜杖に乗って空を飛ぶ。
地図を片手に、向かうは北西。
――「三柱の国・ラピスラ」。
その王都・ガレットが目的地である。
……アブさんは居ないが、地図はあるのだ。
……大丈夫。問題なく着けるはず。
―――
そんな風に思っていた時期が俺にもあった。
いつまでも自分を偽っても仕方ないので、現実を突きつける。
……道に……迷った。
地図を見ていたはずなのに、何故か着かない。
「私と同じく完全に迷っていますね」
そうなんです、と頷く。
最初は地図が間違っていると思っていたのだが、そんな訳はないと思い直した。
「それは素晴らしいことだと思います」
ありがとうございます、と頭を下げる。
つまり、俺が地図を見間違えたということ。
「自らの不手際を認めることは難しいことかと思います。ですが、あなたはそれができました。立派であると私は思います」
泣きそうになったので背中をさすってもらった。
幾分か気持ちが晴れた気がする。
脇に置いている竜杖からも、どこか俺を慰めているような雰囲気がしていた。
……頑張ろう……頑張って探そう。という気持ちが湧いてくる。
「なんか、ありがとう。また探そうって気持ちになってきた」
「それは良かったです。溜め込み過ぎるのも良くないですし、偶には吐き出さないと自らを自らで圧し潰してしまいますからね」
口にしたことで気持ちが軽くなったのは事実であるため、目の前の相手――全身鎧の人に向けて頷きを返す。
ちなみにこの全身鎧の人と出会ったのは先ほどだ。
道に迷い、途方に暮れ、どこかで休みたいと見つけた川の側で全身鎧の人が哀愁を漂わせながら座っていた。
その姿に感じ入ったというか、同じような気持ちであったため、自然と体が動いて全身鎧の人の隣に俺も座ったのである。
互いに何も言わずにただ川を眺め続け、不意に「……道に迷ったんですよね」と全身鎧の人が口にしたのがきっかけだ。
俺もそうだ――と自然と口にして、思いの口にしたのが、つい先ほどのこと。
「目的地は決まっているのですか?」
「ああ。『三柱の国・ラピスラ』に」
「そうですか。それでしたら、私はそこから来ましたのでわかりますよ」
「本当ですか!」
「はい。と言いますか、この目の前にある川を上流に向けて進めば着きます。私は、そこからそうして来ましたので間違いありません」
「そうだったのか。ありがとうございます」
感謝の言葉が素直に出てきた。
ただ、それで直ぐ向かうほど、俺は恩知らずではない。
「ところで、あなたはどこへ向かう途中だったんだ?」
「どこへ……向かう途中ですかね……」
なんだろう。
空気が一段重くなった気がする。
聞いてはいけないことだったかもしれない。
しかし、進むべき道を示してくれた全身鎧の人を放っていくことは、俺にはできない。
「……目的地がわからない?」
「わからない、というよりかは、ない、と答えるのが正しいです」
「ない?」
「はい。あの、驚くと思いますし、なんなら討伐していただいても構わないのですが……」
「討伐?」
「……私、魔物なのです。鎧の魔物なのです」
「え? ……あ、ああ。なるほど」
そう言われてみると、確かに気配が何か違うというか……納得だ。
「ただ、このような形で生を受けて、特に目的もなく……」
「ああ……人生に、いや、魔物生に悩む。いや、彷徨っている、と?」
「そういうことになります」
そうか。さながら彷徨っている鎧といったところか。
……でも、そうだな。そういうことなら力になろうじゃないか。
たとえ魔物でも、助けてもらったのは事実だ。
今度は、俺が道を示そう。
「討伐はしない。ただ、別のことを口にしよう。なんでも、この世界のどこかには、魔物だけの村があるらしい。そこに、新たな生を授けてくれる神官が居るそうだ」
「そんな村が? 神官が?」
全身鎧の人――いや、全身鎧の魔物が驚いた様子で俺を見る。
俺は立ち上がり、竜杖に跨ってから頷く。
「まっ、俺も聞いた話だ。信じるかどうかは任せる。道を教えてくれた礼だ。それじゃ、いつかまたどこかで会えたら」
そう言って、空へと舞い上がる。
振り返りはしない。
けれど、鎧が動く音が後方から聞こえた。
―――
これがのちに「真理を告げる鎧」と呼ばれる、様々な迷い人に指針を――道を示して救い、多くの知識人が出会いを追い求める存在に――なるか?
それは考え過ぎかもしれない。
とりあえず、俺に道は示されたので、川沿いを飛んで進んでいく。




