思いの力は偉大である
ゼルさんからは、アブさんのダンジョンの海階層を航海することを快く承諾してくれた。
なんでも、ダンジョンの海とか面白そうだ、ということらしい。
でも、あそこは何もないというか、海と魔物と島しかなく、人は誰も居ないというか、今後はわからないが今はまだそこまで攻略してくる者が居ないのに構わないのか? と念のために尋ねると、開拓する楽しみもできた、と喜んでいた。
「必要な物はなんでも某が用意するぞ!」
とアブさんの方が乗り気なのは、それだけ嬉しいってことだろう。
それに、俺としても「青い空と海」の行ける場所が増えるのはいいことだと思う。
「青い空と海」は皆気のいい人たちばかりだが、その見た目がゾンビとスケルトンである以上、襲われる可能性もある。
行き場が増えるのは、その対策の一つとも言えるからだ。
……できれば、そういうことは起きて欲しくないが、見た目だけですべてを決め付ける人は居るので、選択肢を増やすという意味でやっておいて損はないだろう。
そうして、ここでの決め事が終われば、あとはやることをやって戻るだけ。
ラビンさんもできるだけ外出の時間は短い方がいいそうなので、さっさと済ませる。
まずはアブさんのダンジョンに――。
「お待ちを。そういうことでしたら、某は某だけで某のダンジョンに向かい、魔法陣の設置を行おうかと思います。なので、某に魔法陣のご教授を願えませんでしょうか?」
「いいよ~」
「恐れ入ります」
ラビンさんは軽く返すが、アブさんがラビンさんと接する時は、こんな感じで畏まっている。
アブさんによると、ラビンさんとはダンジョンマスターとして絶対的な格の違いがある、とのこと。
同じダンジョンマスターだからこそ、という部分があるのだろう。
なので、ラビンさんがアブさんに魔法陣を教えてから、ラビンさんのダンジョンに戻った。
―――
ラビンさんのダンジョンに戻ると同時に、ラビンさんは魔法陣を設置しに向かう。
新たな区画を作って、そこに設置するようだ。
時間的にそうかからないそうなので、見学。
ラビンさんの隠れ家と行き来する魔法陣がある場所から少し離れた場所――ボス部屋まで続く道の途中に、新たな部屋ができた。
不思議な光景というか、ラビンさんがちょちょいと手を振ると作られる。
その部屋の中はそう広くない。
個室二部屋分くらいで、今回使っている魔法陣はそれなりに大きいため、二つ並べると余剰は少ししかない、といったところだろうか。
そこに、ラビンさんは魔法陣を一つ描く。
もう一つ分描けるだけの余剰分があるので、そっちはアブさんのダンジョンと繋がる方だろう。
ラビンさんは魔法陣を描き終わると――。
「じゃあ、この魔法陣を使える許可出しも必要だし、ボクは向こうに行ってくるね。あっ、皆に説明をしておかないと」
「ああ、それは俺の方でやっておく。ウィンヴィさんを呼ぶついでに」
「うん。そうだね。お願い」
ラビンさんの姿が消える。
見送ってから、俺は皆を呼びに向かい、新たな区画のところまで連れていって説明。
誰が来るかは言わなくても良かった。
ドレアが説明し終えていてくれたからだ。
皆、楽しみのようだ。
風のウィンヴィさんはものすごく喜んでいる。
しかし、と言うべきだろうか。
少し抑えておいて欲しいというか、風のウィンヴィさんより喜ぶのは少し待って欲しい、と言いたくなる人物が一人。
「ゾンビには興味ありません! 七人の多種多様なスケルトンだけでも興奮モノですのに、たくさんのスケルトンが来るなんて! 頭蓋骨。鎖骨。胸骨。肩甲骨。肋骨。腸骨。上腕骨や大腿骨の手足の骨。それがたくさん……私、自分を抑えられません! ……あっ、鼻血出そう」
骨大好き――リノファである。
……う~ん。「青い空と海」をここに呼ぶのは早まったかもしれない。
できれば、抑えられないという宣言はしないで、できるだけ抑えて欲しい。
少なくとも、風のウィンヴィさんと「青い空と海」との感動の再会が終わるまでは。
無理っぽいけど。
スケルトン→ゾンビに戻れないのが悔やまれる。
………………。
………………。
「集合」
俺の言葉を合図にして、風のウィンヴィさんを除いた無のグラノさんたちと母さんが揃う。
何をするかわかっているのだ。
そのまま、リノファの前に立ち塞がる。
「少し待ってくれ。ウィンヴィさんとの再会が優先だ」
「それはわかっています……もちろん、私だってそうしたい……ですが、抑えられないのです」
ぶわっ! とリノファから圧が漏れる。
殺気――ではない。
たくさんのスケルトンに会えるという欲求による圧だ。
それに聖なる力が加わっている。
『ぐふっ』
無のグラノさんたちが膝を付く。
聖なる力をもろに食らったようだ。
くっ。こちらの数が一気に減ってしまった。
俺と母さんだけで抑えらえるだろうか。
「今のリノファをとめるのは……難しいかもしれません」
母さんが決死の表情を浮かべている。
それほどまでなのか。
……マズい! 魔法陣が光り出した。
来る! 「青い空と海」が!
こうなったら仕方ない。
「カ、カーくん! 頼む!」
「任された!」
カーくんがリノファを掴む。
これで大丈夫――なはずだった。
「ん? お?」
カーくんがそう声を上げると、ズズッ――とカーくんの巨体が、引き摺られたように少し動いた。
……マジか。
そこまでなのか、リノファ。
「おお!」
カーくん。嬉しそうにしない。
これは筋力云々というより、思いの力の方だから。




