そういうこともある
大急ぎで、王都・ポートアンカーに向かう。
そうなると、俺のやることは決まっている。
船のうしろから風属性魔法による後押しだ。
大急ぎなので、これまでより風の威力を上げておく。
紋章が描かれた船の帆を破れそうなくらいパンパンに張りながら、最大船速で大海原を駆ける。
甲板では、ドレアが船員たちに事情を説明していた。
船員たちも真面目な顔で聞いている。
驚いたのは、海賊団「青緑の海」が、実は女王直属の海兵部隊「緋色の情熱」だったということ。
どっちが本物? というよりは、どっちも本物、という印象である。
船員たちもそうだろうが、今は「緋色の情熱」として行動しているようだ。
それが目に見えてわかるのは、船員たちは既に着替え終わっているのだが、海賊のような衣服ではなく、軍人のような統一された衣服を見に纏っているからである。
随分と印象が変わる。
とてもではないが、俺とドレアをからかっていた人たちには見えない。
「アルム」
「アブさん。どうした?」
「某、先行して調べても構わないか?」
「それは別に構わないというか、助かるが……いいのか?」
「うむ。あの者たちのために、某も何かしたいのだ」
あの者たち――「青い空と海」のことかな。
まあ、自分のダンジョンに招きたいと言い出すくらいだし、随分と気に入ったようである。
「わかった。なら、任せる。好きなように……だと死者が出そうだから、ほどほどにな」
「わかっている。手柄を奪おうとまではせんよ。その手助けをするだけだ」
「そうか。あっ、件の宰相については」
「大丈夫だ。一度見ているから顔はわかる。女王の方も。何か起こっていれば女王の手助け、何も起こっていなければ調査を優先しよう」
「ああ。頼む」
アブさんを見送りつつ、こちらも急ぐ。
―――
王都・ポートアンカーに着くと、ちょっとした騒ぎが起こった。
理由は「緋色の情熱」を海賊認識する人が居たこと。
それが騒ぎを起こしただけ。
まあ、元々公言している訳ではないそうなので仕方ない。
それでも一部――国の上の方はそのことを知っているため、そこからの働きかけで不毛な争いは起こらなかった。
一時は王都・ポートアンカーの港で国軍と睨み合う状態だったことを考えると、そのまま戦いにならなくて良かったとしか思えない。
まあ、いざ戦いになったとしても、勝つのは「緋色の情熱」の方だけど。
所属がハッキリして動けるとわかると同時に、ドレアは「緋色の情熱」を率いて王城へ直行し、グラスさまが無事であることに安堵するのだが、逆にドレアが叱られた。
「手順を踏め。いや、まずは先触れを出せ」
「き、緊急だったんだ」
心情としてはドレアの味方なのだが、まだ何も起こっていなかったため、ドレアの旗色が悪い。
「緋色の情熱」は城内で警戒中。
俺はドレアと共に叱られているのだが、そこで漸く気付いたのだ。
勢いで来たが、そういえば宰相が何かを企んでいるといったモノを示す証拠は一切ない、ということを。
そのため、こちらの行動の正当性がないのである。
なるほど。
勢いが大事な時もあるが、勢いだけで行動するのが駄目な時もある。
それがよくわかるというか、教訓として学べ、ということだろう。
「そこで自分は関係ないみたいな態度だが、お前もドレアと同罪だからな」
「すみませんでした」
俺は素直に謝った。
ドレアが、裏切ったな! と言いたそうな表情を浮かべているが、今はグラスさまの怒りを鎮めるこれが最善手であると信じている。
「………………」
「わ、悪かった」
グラスさまからの無言の圧力によって、ドレアも謝る。
「……はあ。まあ、ドレアが『緋色の情熱』を動かすくらいのことが起こるかもしれないというのはわかった。それがなんなのか、説明してくれ。ああ、もちろん、それほどのことでなければ……この程度では済まないと思っておいて欲しい」
ニッコリと笑みを浮かべるグラスさまが怖くて、俺とドレアは震える。
でもそれは、逆にそれほどのことであれば許されるってことだよな?
説明は――俺たちの命運は任せた、とドレアを見ると、ドレアも俺を見ていた。
その視線の意味を、ただしく理解できてしまう。
何故なら、俺と同じことを思っているからだ。
「いやいや、ここはグラスさまと仲良しなドレアが言うべきだろ」
「無茶を言うな。仲がいいからこそ、こうなった時のグラスは本当に怖いって知っているんだ。それこそ、クラーケンであったとしても逃げ出すくらいなんだぞ」
その言い方がマズかったのだろう。
「ドレア。説明を」
グラスさまは笑みを浮かべているのだが怖かった。
俺とドレアが思わず直立不動の構えを取ってしまうくらいに。
ドレアが説明を始める。
海の魔物に囲まれている島に向かい、空から入って、その中での「青い空と海」との出会いに、その奥にあった海神の船――と洗いざらい話す。
隠したことといったら、アブさんの存在くらい。
その点は、素直にありがとうと心の中で言っておく。
すると、そのアブさんが戻ってきた。
半透明状態で、ドレアは気付いていないようだから俺にしか見えていないようだ。
アブさんが耳元でごにょごにょと報告してくる。
俺はスッと挙手。
「どうやら、現在宰相が家で他国の者と密会していて、この国を落とす算段を立てているようだ」
嘘ではない。
アブさんが目撃者だ。




