思っていることと違うことが口から出ることだってある
「辺境都市・フロテアを治める領主――『ドルグ・ゼブライエン』だ。一応、辺境伯という立場ではるが、見てわかると思うが堅苦しいのは苦手でな。公式の場でもないのだし、今は気楽に接してくれて構わん」
そう言って手を差し出してくるので、握手を交わす。
まあ「新緑の大樹」がそんな感じで接していたので、そうだろうな、とは思った。
「通りすがりの凄腕魔法使い、アルムだ。よろしく」
そう返すと、ゼブライエン辺境伯は、事情も聞かずに助けてもらったことに礼を言う、と言って感謝してきた。
知り合い以上の関係だと思われる「新緑の大樹」が違うとは言わないが、前の馬車に乗っていた者たちに対する意味合いの方が強そうだ。
まあ、俺としては結果でそうなっただけで、寧ろ魔法としては失敗したので気にしないで欲しい。
そこで、扉がノックされる。
ゼブライエン辺境伯が入って構わないと伝えると、前の馬車で御者をしていた老齢の執事が入ってきた。
「どうかしたか?」
ゼブライエン辺境伯が問うと、老齢の執事は俺を一瞥して答える。
「はい。テレイルさまが、助けてもらった皆さまにお礼を述べたいと」
先ほどわかりやすく俺を一瞥したのは、その中に俺も含まれているからのようだ。
「新緑の大樹」とゼブライエン辺境伯から、断らないように、と視線で言われているような気がしたので、お礼の言葉を頂戴しにいくことになった。
辺境伯と老齢の執事の案内で、「新緑の大樹」と共に向かう。
案内された先は、この屋敷の中で最上位なのでは? と思えるような豪華な部屋だった。
先ほどまで居た部屋とは置かれている物の質が見てわかるほどに違い、その中でもぐっすりと休めそうな天蓋付きのベッドが目に付く。
そこに、二人の男女が居た。
男性の方は俺と同い年くらいで、黒髪緑目に、端正な顔立ちで、少々細身な体つきに、動きやすそうではあるが仕立てのいい服を着ている。
女性の方は俺の少し下という感じで、男性と同じく黒髪緑目に、可愛らしい顔立ちで、女性らしい体付きに、体を締め付けない衣服を着てガウンを羽織っているので、病床に伏せているように見える。
というのも、女性の方はベッドの上で上半身を起こしていて、男性はそのベッドの脇に置かれている椅子に座っているからだ。
そんな二人に向けて、老齢の執事が一礼する。
「皆さまをお連れ致しました。テレイルさま。リノファさま」
テレイル? リノファ? なんか聞き覚えがあるな。
思い出そうとする前に、「新緑の大樹」とゼブライエン辺境伯が二人に向けて片膝を付く。
あっ、そういう感じですか。
その行動で思い出す。
二人の正式な名は「テレイル・フォーマンス」と「リノファ・フォーマンス」。
このフォーマンス王国の、第二王子と第一王女――王族だ。
本来なら敵と言ってもいいが、俺の記憶が確かなら、この二人は王族の中であっても「スキル至上主義」には反対していたはず。
なら、上手く味方にすれば今後が有利かもしれない。
俺も慌てて片膝を付く。
「ありがとう。ジョルジュ。みんな、楽にしていいよ。ここは王城でも王都でもない。今の私たちは、ゼブライエン辺境伯の客人でしかないからね」
「私からもお願いします。それに、このまま話すのは、少し落ち着きませんので」
はい。わかりました。とここで立ち上がってはいけない。
場所がどこだろうと、相手は王子と王女。
下手な行動は破滅を意味する。
それに、だ。
ここにはゼブライエン辺境伯が居るのだから、まず立ち上がるのであれば、ゼブライエン辺境伯からだろう。
そのあとに――立ち上がるのであれば「新緑の大樹」と一緒に、が理想だろう。
そういうことはわかっている……わかっているのだが……つい、体が動いてしまうことはあると思う。
今回だってそうだ。
誰も立ち上がらない中、俺だけ素直に立ってしまった。
どうやら、過ごした時間は短かったが、無のグラノさんたちと一緒に居た時の、気楽というか緩いというか、そういう空気感に染まってしまったのかもしれない。
なので、ゼブライエン辺境伯……その、さすがは通りすがりの凄腕魔法使い! と面白そうなモノを見るような目で俺を見ないで欲しい。
それと「新緑の大樹」の面々も、さすが、俺たちとは違う。みたいな感心するような目で俺を見ないで欲しい。
「……」
すぅー……と時を巻き戻すように片膝を付けば、なかったことにできないだろうか?
試しにやってみようと腰を沈ませようとした時、テレイル王子とリノファ王女が笑みを浮かべる。
「ははは。さすがは通りすがりの凄腕魔法使い。そうでなくては」
「ふふふ。本当に、その名の通りですね」
おっ。どうやら許されたようだ。
そう思っていると、リノファ王女が咳き込む。
「けほっ。けほっ……」
「大丈夫か?」
テレイル王子だけではなく、ゼブライエン辺境伯と老齢の執事も身を起こして反応していた。
ただ咳をしただけなのに、いくらなんでも過剰な反応である。
「新緑の大樹」は特に反応していないが、俺はその理由に思い当たった。
というより、正確には立っていたことで見えたのだ。
咳き込み屈んだことでリノファ王女の衣服がずれ、そこから綺麗な鎖骨が――ではなく、黒い茨のような紋様が。
火のヒストさんの記憶の中に、該当するモノがあった。
「……綺麗な鎖骨だ」
全員が俺を見る。
特に、テレイル王子、ゼブライエン辺境伯、老齢の執事からの視線が厳しい。
リノファ王女は恥ずかしそうだ。
うん。言い間違えた。
二つの物事があって、強く印象に残っている方が口に出ることなんてよくあること。
それそれ。
両手を上げて無抵抗だと示し、必死に弁明した。




