映画みたいなことがあってもいいじゃない
アブさんは頑張った。
今は「青い空と海」の歓迎の芸が再開して、それを見て癒されている。
カリュブディスもどきについてわかったのは、本当に強い、ということだ。
こういう限定的な空間であったり、海神の船のように壊してはいけないモノがなければ……まあ、やってやれないことはない。
超弩級の魔法を連発、あるいは魔力消費を無視した合成魔法で――どうにかできると思う。
けれど、今はその手段は取れない。
俺がカリュブディスもどきと真正面からまともにやり合えば……負ける。というか死ぬ。
ドレアなら近距離でやり合えるが、そもそも近付くのが困難であり、やり合える近距離まで行くだけでそれなりに削られてしまい、不利な状況でやり合うことになってしまう。
なら数を用意すれば、と思うが、それはゼルさんによるとこちらの数に合わせて螺旋槍も増えるようで意味はない。
見たところ魔力も豊富なようで、枯渇までやり合う前にこちらの体力がなくなりそう。
それに、俺の見立てでは魔力で水を作り出しているのではなく、後方にたっぷりとある海水を使用しているため、魔力消費は思っているより少なそうだ。
枯渇させるのは元より難しい。
………………。
………………あれ? 詰んだ?
対抗策が思いつかない。
俺、ドレア、ゼルさんが知恵を寄せ合うが、良案、妙案は浮かばない。
ふと、歓迎の芸が目に入る。
少し高くなっている場所の上――二人のスケルトンが立っていて、しきりに周囲を気にしていた。
そこで、その地面の一部が盛り上がり――。
「グオオオオオッ!」
「「キャアアアアアッ!」」
一人のゾンビが飛び出し、二人のスケルトンが悲鳴を上げて怖がる。
いや、どっちもどっちというか、お互い相手を見て怖いと思いそうなんだが……。
状況から判断するのに、何かしらの劇をしていた……ような………………そ、それだあ!
俺は思い付いたことをドレアとゼルさんに話す。
ゼルさんは半信半疑といったところであったが、ドレアは俺の魔法の強さを知っているため、ニヤリと笑みを浮かべた。
「カリュブディスとやり合うのはドレア任せになってしまうが、いけるか?」
「ああ、問題ない」
という訳で、決行。
―――
再び奥に向かう。
攻撃されない位置を陣取り、俺は魔法を発動。
「『青流 流線で流形 不定形であり 変幻自在 水球』」
両手を前に突き出し、水球を生み出す。
普通はここで放つ。
だが、俺は放たずにその場に留め、水球に魔力をガンガン注いでいく。
注ぐ魔力量に応じて、水球は膨れ上がっていった。
普通であれば……無理だろう。
普通の人、一人分の魔力で行えることではない。
けれど、俺には膨大な魔力量がある。
それも四人分。
延々と注がれ続ける魔力によって、水球はどこまでも大きくなり、人のサイズを超え……その倍、さらに倍と大きくなっていく。
そうなれば、それに反応するカリュブディスもどき。
螺旋槍を数十と放ってくるが、密度が違うとでも言えばいいのか、水球の中を半分も行かずに消滅する。
水球が大きくなるにつれてその距離はさらに短くなっていき、その内当たると消滅するようになった。
そこまでくると、水球は次にカリュブディスもどきをその内部に取り込む。
カリュブディスもどきに動きはない。
水の中でも問題なく動けるため気にしない、といったところだろう。
俺は気にせず魔力を注ぎ続け、水球は海神の船も内部に取り込み、遂にこの空間一杯を満たす。
歓迎の芸で地面の中からゾンビが出てきた。
それで思い付いたのだ。
空間を水で満たせば、ドレアの独壇場になる、と。
「……いいぞ、ドレア。あとは任せた」
俺はそう言うだけで少しキツかった。
空間を満たす水球を維持するだけで、魔力消費が大きい。
多分、そう長くは持たない。
「ああ、任せろ!」
ドレアが自ら空間を満たす水球の中に飛び込んで、カリュブディスもどきに攻撃を仕掛ける。
「……信じられん。なんて魔力量……いや、密度か」
ゼルさんが感嘆するような声を上げるが、正直そっちを気にしていられない。
早期決着できるようにドレアを手助けしないと。
ドレアは既にカリュブディスもどきと戦っていて、ドレアが優勢だ。
速度が全体的に上昇していて、カリュブディスもどきがその動きについていけていない。
海神の槍の能力で水中でも問題なく動くことができるし、なおかつ水流を作り出して自身の動きを後押ししているのだ。
というか、海神の槍の能力が凄まじい。
水球は俺の魔力で構成されているため、当然俺が操作権のようなモノを持っている。
しかし、海神の槍で操作されると完全に奪われていた。
奪い返せないくらい海神の槍が強力過ぎる。
それがよくわかった。
また、カリュブディスもどきの動きも鈍い。
当初見られた鋭い体術は、もう見られない。
カリュブディスもどきの周囲の水を、俺が押さえつけているからだ。
今のカリュブディスもどきは、体全体に超重量の超負荷を受けている状態となっている。
螺旋槍……だけではなく、海水を操作した攻撃をしようとしても、水球の圧に阻まれて届かない。
あとは、時間との勝負。
水球を維持できている間に、ドレアがカリュブディスもどきを倒せるかどうかだ。
ドレアは攻勢を休むことなく続け、乱撃を繰り出し続けて一気に決めようとしていない。
それで正解なのだ。
カリュブディスもどきに、何か奥の手があるかもしれないと警戒しているのである。
それでも、なるべく時間はかけないと放つ乱撃は激しい。
カリュブディスもどきは防戦一方だが、それが激しい乱撃によって決壊し、隙が生まれる。
その瞬間を、ドレアは見逃さない。
海神の槍を突き出し――カリュブディスもどきの胸部を貫く。
やった――と思った瞬間、カリュブディスもどきの体が輝き出す。
明らかにヤバい輝き。
「ドレア!」
名を呼ぶ前にドレアは海神の槍を抜いて下がる。
俺も動く。
突き出していた両手をそのまま組む。
動きに合わせて空間を満たしていた水球が一気に小さくなり――瞬間、カリュブディスもどきが爆発する……が、水球内ですべて収め、影響は外に漏れていない。
ギリギリだったが、海神の船も大丈夫。
ホッと安堵して、水球は海に流して消した。




