一言残すのは礼儀
どういうことか詳しく聞くと、ゼルさんたち――「青い空と海」は、風のウィンヴィさんから海神の船を隠すように託されたあと、この島へと航海した。
ここに来るまでは順調であり、話によるとこの洞窟の奥は元々海と繋がっていたため、そこから海神の船で乗り入れたそうだ。
ただ、元々ということで、今は繋がっていない。
島にある小高い山の裏手がその場所なのだが、瓦礫で今は埋まっている。
それを行ったのは「青い空と海」。
外の海から入られないようにするためだ。
出る時は、海神の船にある大砲でそこを砕いて出る予定だったそうだ。
だが、瓦礫で海側の出入り口を埋めた時、そいつは洞窟側の方に突然現れた。
道化師のような化粧と衣装の者。
ゼルさんが言うには、筋骨隆々ではなくスラリとした体形で、男性。
「これだけ居るのであれば、あなたたちを兵とし、魔物を生み出さない分、ボスの方に力を入れるとしましょう」
――みたいなことを言って、道化師らしくその場で踊り始めたらしい。
「青い空と海」が呆気に取られたのは少しの間で、ゼルさんの号令で直ぐに戦闘態勢を取るが、遅かった。
突然、地面が光って、巨大な魔法陣が出現。
光ったのは僅かな間だが、魔法陣が消えると同時に洞窟内の雰囲気が一変し、何度かダンジョンに潜ったことがあったため、それと酷似した雰囲気から、ここがダンジョンになったのでは? という予測を立てる。
明らかにその道化師の仕業であるため、どういうことか問いただそうと視線を向ければ、その姿はどこにもなかったそうだ。
だが、異常事態は直ぐ起こる。
それは大きく三つ。
一つ目は、ダンジョンの影響と思われることとして、「青い空と海」はゾンビやスケルトンとなって普通では死ねない状態になってしまったということ。
当初は自死も考えたそうだが、これは考え方一つと捉えたそうだ。
要は、いつか訪れる来たるべき日に相応しい者が海神の船を取りに現れるまで、守ることができると判断した。
精神が強靭過ぎると思う。
まあ、その日は今日だった、という訳だ。
二つ目は、この島の周囲を海の魔物が常に徘徊するようになり、脱出しようとしてもできなくなったということ。
ゾンビやスケルトンとなったことで食事の心配のようなことはなくなったが、大して大きい島でもないため、直ぐに探索は終わり、大した発見もないため、暇を持て余す。
なので、いつか訪れる来たるべき日のため、敵だと思われないように歓迎の芸を磨くことにしたそうだ。
やっぱり精神が強靭……いや、おかしい。
でも、アブさんは喜んでいる。楽しそうだ。
三つ目は、ダンジョンになったということで当然のようにボスが現れ、海神の船の前で待機しているということ。
それが、件のカリュブディス――の紛い物だ。
ゼルさんによると、青い髪をたなびかせた、水色のワンピースを身に纏う女性型の人形。
近寄るとゼルさんたちでも襲われ、そこに意思は感じられなかったそうだ。
その攻撃方法が、水を螺旋状に動かして突き刺すようなモノで渦潮を連想させるため、カリュブディス――のようだと思ったらしい。
本物でないと判断したのは人形であるため。
けれど、その強さは本物だ、とゼルさんは言う。
という訳で、実際に見に行くことにした。
「カリュブディスか……紛い物とはいえ、おとぎ話に出てくるな存在だ。そんなのとやれるなんて……」
ニヤリ、と嬉しそうな笑みを浮かべるドレア。
ある意味伝説のような存在と戦えるということで、楽しいのかもしれない。
「ソフィーリアさまの子孫が、こんな戦闘好きに……しかも海賊……」
どこか泣きそうな雰囲気のゼルさん。
まあ、風のウィンヴィさんの記憶の中のソフィーリアさんは、進んで荒事を起こすような感じではないため、その違いに感じ入るところがあるのかもしれない。
でも、ゼルさん。
あなたの子孫というか血縁者も大概だと思うのだが。
いや、ゼルさんが見せていないだけかもしれないが。
そうして、俺、ドレア、ゼルさんの三人で奥に向かう。
一本道であったため、奥には直ぐに着く。
天井高く、広大な空間が広がり、地面の半分は水――ではなく、海水が満たされている。
奥の岩壁から外の光がところどころ差し込んでいるので、多分そこが瓦礫で埋められた海側の出入り口だろう。
その海水で満たされている部分に、船が一艘浮かんでいるのが見える。
こちら側と違って光量が乏しいので詳しくは見えないが、あれが海神の船で間違いない。
その海神の船の前――地面と海水の境目辺りに、人が立っていた。
いや、人形だ。
ゼルさんから教えられた通りの見た目で、目を閉じて佇んでいるだけ。
「気を付けろ。近付くと攻撃してくる」
ゼルさんの言葉を受けて、俺とドレアは慎重に距離を縮めていき――カリュブディスもどきの目がカッと見開かれる。
その視線の先には俺とドレアが居た。
カリュブディスもどきが何か言うこともなく、後方の海面が波打ち出し、螺旋状の槍がいくつ……いや、数十作られ――一斉照射。
「いや、待てっ!」
「くっ! 面倒な!」
数が多過ぎる。
直線的なので避けるのはできるが、次々と新しいのが形成されて放たれるので、体力的に避け続けるのは難しい。
何より、物量で前に出ることができない。
それはドレアも同じであり、時折海神の槍に纏わせている海水を槍状にして相殺するが、纏わせている海水が直ぐになくなり、それも難しくなる。
俺とドレアは顔を見合わせ――。
「撤退するぞ! 下がれ!」
「そうだな。準備もなしにどうこうできるヤツじゃない」
直ぐにこの場から逃走を図る。
「馬鹿め! 今回は様子見だ! 次は目にもの見せてやる! お前の最後だからな!」
ただ逃走するのは負けたように思えるので、捨て台詞だけ残しておいた。
意思はないと思うのだが、攻勢が強くなった気がしたので全力で逃走する。




