大事な時でもついつい目を向けることだってある
「海賊? 私らが? しかも悪逆とは……」
ドレアの言葉に、船長スケルトンが反応した。
俺がそれは違う、と言う前に――。
「あっはっはっはっはっはっ! 私らが海賊でしかも悪逆だなんて、どこの誰から聞いたか知らないが、とんだデマもいいところだよ!」
船長スケルトンが大笑い。
それはゾンビとスケルトンたちも同じで、笑い合っている。
副船長スケルトンは、やれやれとおどけるように肩をすくめた。
ドレアは拍子抜けしたかのように呆気に取られる。
だから、俺が真実を口にする。
「ドレア。それは違う。『青い空と海』は、ウィンヴィさんとソフィーリアさんによって組織された、対海賊用の一軍みたいなモノだ。言ってみれば、騎士や兵士と同じく国に仕える人たちだ」
「え?」
「そうだよ、お嬢ちゃん。私らは、ウィンヴィさまとソフィーリアさま直下の部隊さ。主な任務はそこの兄ちゃんが言ったように海賊退治。どうやら、そっちの兄ちゃんは私らのことを知っているようだね」
「まあな。ただ、今はあんたたちが活躍していた時から、約百五十年経っている。色々と情報が歪んで伝わっているようだ。その原因は……あんたたちには言うまでもないな」
「まあ、ね」
思い当たる節――王殺しの真犯人であるリュエルが、真実を歪めて伝えさせたのだろうと、船長スケルトン……いや、「青い空と海」なら誰でもわかることだ。
「それにしても、百五十年も流れているとはね……できることなら、もう一度御二方にお会いしたかったよ」
船長スケルトンの言葉に、しんみりとした雰囲気が流れる。
「そう悲観しなくてもいい。ウィンヴィさんなら、まあ似たような状況で生きている」
「は?」「え?」
船長スケルトンだけではなく、ドレアも驚いたように俺を見る。
ドレアの目には、どういうことだと訴える強い目だった。
約束しているし、あとで纏めて話すから待て。
今は、ドレアの方だ。
「それに、ソフィーリアさんの方も、今はドレアが居る。彼女は、ソフィーリアさんの子孫だ。だから、海神の槍を持っている」
とん、とドレアの背中を軽く押して、お披露目させるように前に出す。
俺の言葉に「青い空と海」は最初呆気に取られるが、言葉の意味に気付いてドレアの中にソフィーリアさんの面影を感じ取ると、ドレアに向かって全員が跪く。
『我らの忠誠はウィンヴィさまとソフィーリアさま……それとその子孫へ』
「ええ~……」
ドレアが嫌そうな表情を浮かべた。
まあ、姿が異様かもしれないが……いや、あの表情は面倒だな、とか思っていそうだ。
ただ、これで敵対する必要はなくなった。
なら、これからは話し合いの時間である。
そう提案するが、特に反対意見はでなかった。
それぞれが持っている情報を擦り合わせる必要があるとわかっているのだ。
情報の擦り合わせは、俺とドレア、船長スケルトンで行う。
アブさんは、副船長スケルトンと共に、ゾンビとスケルトンたちによる歓迎の芸披露を見る。
……俺もできればそっちが良かった。
いや。スケルトン二体――いや、船員スケルトンが二人並んで間違い探しとか、普通に無理だと思う。
骨自体に違いはない……はずなのに、アブさんは正解の違いを指摘したあとに、胸部の何番目の骨が数ミリ違うとか、骨密度が違うとか、そんなことをスラスラと答え始める。
多分、そこまでは想定していない芸だと思うのだが……ほら。披露したスケルトン二人が落ち込んで――。
「おい、こっちに集中しろ」
ドレアに怒られた。
「私だって気になっているが、今我慢しているんだからな」
じゃあ、一緒に見る? とは言えなかった。
今は情報の擦り合わせの方に集中する。
まずはドレアの間違っているというか世に流れている情報の修正からだ。
世に流れている情報は、王殺しはウィンヴィさんで、「青い空と海」は悪逆な海賊でその手伝いをした、ということになっている。
そうしたのはリュエルで間違いないと思う。
理由は、おそらくではあるが、風のウィンヴィさんを徹底的に悪者に仕立て上げることで、海洋国・シートピアでの居場所、それと味方を減らす目的だったのだろう。
あるいは、風のウィンヴィさんがソフィーリアさんと「青い空と海」に託した「海神の槍」と「海神の船」をどうにか手にしようとした、あるいは風のウィンヴィさんの手に渡らないようにしたかったのかもしれない。
まあ、それでかどうかはわからないが、「海神の槍」はソフィーリアさんの家系が代々隠し通したようだし、「海神の船」は誰も入れなかった島にある。
結局、王家の力の象徴と言ってもいい神器を失ったことでラメール王家は王家でなくなり、今はルメール王家だ。
そうして、ドレアの情報を修正していくが、ここで疑問が一つ。
ソフィーリアさんの子孫であるドレアが、どうして正しい歴史を知らないかだが――。
「私が生まれる前のことだが、一度家が全焼したことがあったらしい。その時、『海神の槍』を含めた武具類――要は金属類は無事だったが、書類や読み物といったモノはすべて燃え尽きてしまったそうだ」
「それで一度真っ白になったというか、歴史を確認できるようなモノがなくなった、と?」
その通りだと頷くドレア。
「ああ、それで口伝になってしまったが……その中で変化というか、足りない情報を外から得て埋めていったのだろう。ウィンヴィが無実だというのだけは記憶として残りやすかったが……」
ドレアが船長スケルトンを見る。
「私らの方は悪役にされた。寧ろ、私らのせいでウィンヴィさまが陥れられた、という風に思ってしまった訳ね」
船長スケルトンの言葉に、ドレアは苦々しい表情を浮かべる。
「その通りだ。すまない」
「気にしなくていいよ。少なくとも、ウィンヴィさまが無実であるというのが伝わっていただけでも僥倖さ」
船長スケルトンの器が大きい。
まあ、口伝だけだとこういう勘違いが起こっても仕方ない部分はある。
けれど、これでドレアは正しい歴史を知った訳だし、勘違いでなくなったのなら、それでいいと思う――と思っていると、船長スケルトンが俺を見ていた。
「何か?」
「私としては、寧ろ兄ちゃんの方が気になるね。関係者でもない。当事者でもない。それなのに、どうして正しい歴史を知っているんだい?」
「ああ、それ。俺、ウィンヴィさんの記憶を持っているから」
正直に言ったのに、何故かドレアと船長スケルトンの視線から、頭、大丈夫か? みたいな感じを受ける。
「正気か?」
ドレア。俺は正気だ。




