こういうことである
ドレアを竜杖に乗せて、海の魔物に囲まれている島へと向かう。
その最中に、気になったことを尋ねる。
「ドレア。そもそも、海神の槍の力でどうにかできないのか? 潮の流れを変えるとか」
「無理だな。一度試したが、私が今扱える水量ではビクともしない」
「倒すのは?」
「できなくはない。だが、扱う身の私の方がもたない。あの数だからな。馬鹿正直に一対一でやれるなら勝機はあるが、物量でどうにもならない」
無理か。まあ、無理だろうな、とは思っていた。
海神の槍は確かに強いが、使うこちらは無敵という訳ではない、ということか。
「そうだ。ドレアが気付いているかどうかは知らないが、島に着いたら紹介したいのが居る。探索にも協力してくれるはずだ」
「……それは、普段からアルムの近くで感じることがあるヤツか?」
これだから勘のいいのは……。
チラリ、とアブさんを見ると、震えながら構えを取り、こちらと距離を取っていく。
「まあ、それは味方だから、手出しはやめてくれ」
「そうか。わかった……ん? あの、危険な気配を感じて海神の槍を投擲した時もそうか?」
「そうだ」
それがアブさんに恐怖を植え付けたのである。
よくよく考えてみると、ダンジョンマスターを恐怖させるなんて……ドレアの方が恐ろしいということか。
「……何か失礼なことを考えていないか?」
「いいや、まったく」
ふぅ。これだから勘のいいのは。
即否定したから、勘繰られることもないだろう。
「……怪しい」
これだから勘のいいのは……。
―――
襲われないかドキドキしながら、島を取り囲んでいる魔物の群れの上空を飛んでいく。
いきなり飛び上がってきそうだと思っていたが、特にそういうことはなく、無事に島の上空に辿り着く。
かなり高度を取っていたのが良かったのかもしれない。
「あそこに下りてくれ」
ドレアが指し示したのは、島にある小さな森の側の開けた場所。
浜辺からは少し距離があるので、取り囲んでいる魔物の群れに襲われることはない……と思う。
地上に下りて、まずは周囲の確認。
特に魔物は居ないようだ。
というより、生命の反応のようなモノを感じない。
緑生い茂る森であるからこそ、生命の反応を感じられないのは、どうにも不気味な雰囲気を醸し出す。
……まあ、海の魔物の群れに取り囲まれているような島だし、不気味といえば元から不気味だ。
そう思っていると、ドレアが俺と向き合い、声をかけてくる。
「特に危険はなさそうだな。さて、それでは紹介してもらおうか。味方という存在を。こういう時でないと、おいそれと紹介できないということなんだろ?」
よくわかっている。
「名は……俺はアブさんって呼んでいる。正式なのは……なんだっけ?」
「『絶対的な死』」
「そうそう。『絶対的な死』。とある国にあるダンジョンのマスターだ」
俺に小声で教えてくれたアブさんが、その姿を露わにする――俺を盾にするように両肩を掴んで、ドレアに向けて顔だけ覗かせる。
いや、ダンジョンマスター。
それでいいのか、ダンジョンマスター。
その名が泣くぞ、ダンジョンマスター。
「待て! だから、敵じゃない!」
両手を広げ、アブさんを守るように言葉を発する。
最初は目を見開いたドレアが瞬間的に動き、海神の槍が纏っている海水を槍状に伸ばして、俺を避けるように歪曲させてアブさんを狙ったのだ。
声に反応して、海水の槍がピタッととまる。
覗かせているアブさんの顔のほんの少し手前で。
「あわわわわわ……貫かれるところだった。頭が砕けるところだった」
アブさんが恐怖で震えている。
その様子を見て、ドレアが訝しげにアブさんを見る。
「……本当にダンジョンマスターなのか?」
本当にダンジョンマスターだから。
長らく一人だったからまだ少し人に慣れていないけれど、懐に飛び込めば親しみやすさ全力全開――は言い過ぎだけど、話のわからない悪いダンジョンマスターではないから。
だから、大丈夫。安全。
こっちが心を開いて触れようとすれば、向こうも心を開いて触れてくれるから。
懇切丁寧に、アブさんは味方であるとドレアに説明した。
―――
「……だから、アブさんは味方。協力者。なんなら相棒だ」
そう締めくくると――。
「アルム……」
アブさんが泣きそうな雰囲気で両手を組み、俺を見ている。
……即死属性持ちだし、死を祈られているような気がしないでもないからやめて欲しい。
「……へっ。いい相棒じゃねえか」
どこか照れくさそうに言うドレア。
そっちもそっちで、そんな態度を取る要素があったか?
「わかった。なら、これからは私とも友達だ! よろしくな、アブさん!」
「いいだろう。よろしく頼むぞ、ドレアよ!」
がっちりと握手を交わすドレアとアブさん。
「おお、アブさん。いきなり握手まで交わせるように」
「ふっ。某も成長しているのだ」
「……実は?」
「アルムを通して見ていたから問題ない。それに、いざという時はアルムが守ってくれると信じている」
信じてくれるのは嬉しいが、自分でも自分の身を守って欲しい。
ただ、その場合は即死属性が振り撒かれることになるから、できればやめて欲しいが。
でもまあ、これでドレアに対するアブさんについては、これで問題なさそうである。
次に気にするべきは今後だ。
上空から見た限り、島にはこの小さな森と小高い山があるだけで、他には特にこれといってない。
「とりあえず、どうする? 一通り島内を回って、怪しいところがないか確認するか?」
「そうだな。そう大きくない島であるし、今日だけで見て回れるだろう。分担して……」
ドレアと今後について話していると、アブさんがスッと手を上げる。
「ん? どうした? アブさん」
「アルムよ。怪しい場所なら既にあるぞ。大きくはないが、ダンジョンの気配がある」
アブさんが相棒で良かったと思うことの一つは、こういうことだ。
そこに向かってみる。
小さな森の中を進み、小高い山の麓付近。
そこに、洞窟があった。




