聞いてはいけないこともある
目の前には巨大なタコとイカのこんがりと焼けた足が、海面にぷかぷかと浮かんでいる。
「……どうしようか、これ」
視線はこんがりと焼けた足に向けたまま、アブさんに尋ねる。
「アルムが食べ……れる量ではないな。放っておいてもいいのではないか? 魚が食べると思うが?」
「魚、食べるか? こんがりと焼けているのに、未だに異様な力を感じるというか、海の生物の類が一切近寄ろうとしていないんだが」
あっ、今も魚の群れが避けるように方向転換した。
魔除けの効果でもあるのだろうか?
さすがに放置していいようなモノではない気がする。
どうするべきか考えていると、海中から巨大な黒い影が現れ……持ち主である巨大なタコとイカが姿を見せる。
「せや、足のこと忘れとったわ」
そうそう。どうぞ、お持ち帰りください。
「このワシらの足は兄ちゃんにあげるわ。協力してくれたお礼みたいなもんやから、好きにしてえな。ほなな」
「え? いや、それだとそっちが足一本失ったことに」
まあ、返したからといって、元に戻るとは思えないが。
それに、もしくっついたとしても、一本だけこんがり焼けているのってどうなの?
「ん? ああ、ワシらこんなん直ぐ生えるから気にせんでええよ」
そう言って、今度こそ巨大なタコとイカは姿を消した。
わざわざ言いに来てくれたのか。
案外いいタコとイカなのかもしれない。
………………まあ、どうする? という問題は一切片付いていないが。
「どうしようか、アブさん」
「ふむ……放置できないのなら、そのバッグの中に入らないのか?」
「『マジックバッグ』にか?」
入るかな?
試して……入った。
さすがはラビンさんが用意してくれたモノだと思う。
あっ、そうだ。このまま持ち帰って、ラビンさんたちへのお土産にしよう。
カーくんなら、これくらい簡単に食べそうだし。
巨大なイカの足も入れて出発した。
―――
そのあとは順調に進み、ラビンさんの隠れ家まで特に何も起こらずに辿り着いた。
前と違って、隠れ家の方には誰も居ない……ということは、洗濯の方はある程度落ち着いたのだろうか?
それとも、偶々かな? と魔法陣を通って最下層へ。
お土産を渡そうとカーくんが居るボス部屋に向かうと扉は開かれていて、中から拍手が聞こえてくる。
扉から顔を覗かせ、中の様子を窺うと――。
「「「おお~!」」」
ラビンさん、カーくん、男性陣が、母さん、リノファ、女性陣に向けて、感嘆したような声と共に拍手していた。
「なんか、あったみたいだな」
「そのようだな。それも、特別いいことがあったかのように見える」
アブさんも同意見のようだ。
顔を見合わせ、中に入って声をかける。
「ただいま。戻ったけど、何があったんだ?」
「おかえり、アルムくん。アブくんも。これを見てよ」
ラビンさんを始め、みんなから「おかえり」と言われながら前へ。
見せられたのは、干すように吊るされた白いシーツ。
まるで新品のような真っ白さだ。
キラキラと輝いているように見える。
「これは?」
「喜ばしいことに、遂に彼女たちが習得したのです。『洗濯』を」
母さんがそう教えてくれる。
えーと、つまり……女性陣が洗濯できたってこと?
あの、洗濯すれば何故か爆発していたというのに、こうして綺麗に洗濯できるようになったってこと?
本当に? と見れば、女性陣はどことなく自慢げに胸を張っていた。
いや、骸骨なので胸があるようには見えないけれど。
けれど、ラビンさんたちがわざわざこんな嘘を吐く訳ないだろうし、何より母さんは厳しい。
ということは、本当なのか。
……うん。そうだな。現実を受けとめよう。
もう、女性陣が洗濯で爆発するようなことにはならないんだ。
きちんと真っ白にする洗濯ができるようになった。
それがすべてだ。
「おめでとう」
俺も拍手を送る。
アブさんもだ。
女性陣を祝福する空気が流れていた。
今日のご飯はきっとご馳走である。
そこで、ふと思ったことを口にする。
「それで、どんな洗剤を使ったら、こんなに真っ白くなるんだ?」
『………………』
おっと、拍手が消えた。
それに、誰も俺と目を合わそうとしない。
目を向けても、どこか明後日の方に顔を向けられてしまう。
いや……いやいや……何この雰囲気……え? 何? もしかして、質問してはいけない部類だったのか?
いや、本当に何を使っているの?
爆発するところからどう変わったのかを知りたかっただけなのだが……なんかヤバいモノでも使っているのだろうか?
そんな反応を返されると、シーツの真っ白さも逆に怪しく見えて怖くなるのだが……。
「………………あ、ははははは」
『ははははは……』
笑ってこの場の雰囲気を誤魔化した。
俺は何も質問しなかった、ということにする。
大丈夫。きっと大丈夫。
俺が使う訳でもないし、危険なモノでもない……はず。
シーツだし。
大事なのは洗濯できるようになったということだ。
もう一度拍手を送り、女性陣を褒め称えた。




