自然と「さま」付けしたくなる
王都・ポートアンカー、王城への「ドゥラーク海賊団」による襲撃は鎮静化した。
一応という形ではあるが、目に見えて現れた海賊は、騎士たちの方も含めて倒したそうだ。
あとは状況を理解して隠れているのが居るかもしれないが、騎士たちがこれから王城だけではなく王都の方も念入りに調査するそうなので、居たとしても時間の問題だろう。
ただ、今回のは海洋国・シートピアからすると相当危なかったのは間違いない。
危うく女王さままでやられていたかもしれないのだから。
捕らえられた海賊たちに関しては、ここまでのことを仕出かしたのだから、もう表に出てくることはないだろう。
それでなくても船長始め、副船長と大幹部たちは二度と世に出てこないことを切に願う。切に。
「安心しろ。私も、あれらの相手はもうしたくない。だから、もう出てくることはない」
そうハッキリいと断言するのは、この海洋国・シートピアの女王さま――グラス……。
「ん?」
グラスさま。
うん。さま付けしよう。そうしよう。
改めて対峙すると、迫力があり過ぎることがわかる。
貫禄とも言えるか。
いや、ドレアも迫力があると言えばあるのだが、グラスさまはその方向性が違うというか、ドレアの迫力はこう戦闘中にというか、実際の強さによるモノだが、グラスさまのはこう雰囲気……存在感? みたいなモノによるところが大きい気がする。
これが女王さまか、と。
使用武器が手斧というのが、またなんとも言えない迫力を増しているというか……鞭の方が似合いそう。
いや、そうではなく、事態が一度鎮静化すると、そのままグラスさまと話すことになったのだ。
まあ、グラスさまは俺と話すというよりは、ドレアと話したかったのだと思う。
俺はおまけだ。
そう思うのは、謁見の間ではなく、グラスさまの私室で話しているからだろうか。
アブさんも居るが、あれは居ると言ってもいいのだろうか?
天井から顔の前面だけ出して、こちらの様子――正確にはドレアの様子を窺っている。
勘で襲われたのが響いていると思う。
これまではドレアが「ドゥラーク海賊団」に集中していたから大丈夫だったのだろうが、事態が鎮静化して冷静になり、また襲われるのでは? と不安になった、といったところかな。
多分、それで間違っていないと思う。
そんな現在の状況は、所謂個人的なお話しの最中、である。
何しろ、私室というだけではなく、俺、アブさん、ドレア、グラスさまの他には誰も居ない。
まあ、ドレアの存在がそうさせているのだと思う。
何しろ、その肩書きは元王族の子孫というだけではなく、義賊のようなモノとはいえ海賊でもあるのだ。
……思いっきり姿は見られているが、その辺りはグラスさまが揉み消すだろう。
ただ、二人は元々知り合いというか友人関係のようなので、誰にも邪魔されずに話したかった、ということかもしれない。
そうなると俺が居てもいいのか? と思わなくもないが……まっ、いいか。
今はドレアと行動を共にしている訳だし。
それにしても、先ほどから互いの無事を喜び、今はこれまでのこと――近況を話している二人の仲は良さそうに見える。
元王族と現王族。
そこに対する何かはないように見えた。
海洋国・シートピアの現王族「ルメール王家」。
風のウィンヴィさんの記憶によると、元王族である「ラメール王家」とは親戚関係であったようだし、良好な関係が続いているのかもしれない。
少なくとも、風のウィンヴィさんの記憶では、諍いのようなモノは起こっていなかったし。
そんな風に思っていると、グラスさまが俺を見ていた。
ジッと見られる。
目を逸らしたいが逸らせない。
そういう迫力があると言ってしまえばそれまでだが、もしかすると俺の中の執事見習いの血が、王族という存在に対して無条件に従わせているのかも……いや、それならドレアにも反応するはずだし、風のウィンヴィさんにもそうか。
……血、云々というのは気のせいだな。
「本当にこれがドレアに勝ったのか? とてもそうは見えないが?」
失礼な、と思わなくもないが、実際はドレアと引き分けているようなモノだと俺は思っている。
海、という限定的な場所にはなるが、多分次は負ける。
風属性魔法で海を遮る手は一度見せてしまった以上、もう通じないと思う。
「事実、負けた。グラスも見ただろ? 圧殺するような物量の魔法を」
「それはそうだが」
「私もあれで気を失って負けたからな」
グラスさまの俺を見る目が厳しくなる。
どうして?
「気を失った……そうか。つまり、意識を失ったドレアに卑猥な手段を用いて篭絡した訳か……」
そんな訳あるか!
「そんな訳あるか!」
あっ、ドレアが俺の代わりに言ってくれた。
ありがとう。素直にありがとう。
「だが、この男の前で気を失ってしまったのは確かなのだろう? 意識がなかったのに、何もされていないと言えるのか?」
「それは……そうだが」
いや、そこで困惑するようなことにはならないで欲しい。
負けないで、ドレア!
フレー、フレー、ドレア! 頑張れ、頑張れ、ド・レ・アー!
俺は今、心の中で全力で応援しているから。
しかし、グラスさまの言葉はとまらない。
「そして、私の友であるドレアを手中に収めた男の毒牙は、この国の頂点でもあり、独り身である私にも……いや、たとえ伴侶が居ようとも、それでも関係ない……寧ろ燃えると淫欲を向けてくるのは間違いない。友のため、逆らえない私を前にして、男は嗜虐の限りを尽くすのだろう。私の心を折って、屈服させるために」
……は? いやいや、何を言っているの?
「だが、それでも私の心が折れなければ、さらなる手段を用いるはず。裸に剥いて、自分のモノだという証明のために首輪を嵌めさせ、夜な夜な王城……いや、王都内をそのまま徘徊させるに違いない。そして、そんな私に言うのだ。『おいおい、随分と興奮しているようだが、そういう趣味でもあるのか? どうした? 何が欲しいのか、しっかりと口にしないとやらないぞ』と、悔しがりつつも興奮して頬を上気で染めている私は、覚悟を決めて……」
……え? 本当に何を言っているの? グラスさま。
この国……女王さまがこれで大丈夫だろうか?




